Runaway Love

71

 どうにか立つ事ができたあたしは、早川を半ばキレ気味に追い出し、支度を始める。
 そして、十分もせずに突撃してきた岡くんを待たせ、部屋を出たのはそれから三十分後だった。

「――……悪かったわね……。相当待たせてしまって……」

 あたしは、彼を見られず、視線を落として謝った。
 何故だか、何を着ても満足いくような仕上がりには見えず、ようやく決まったと思ったら、今度はメイクや髪で悩む。
 ――まるで、本当にデートに向かう時みたいだ。
 ただの見送りがてらのはずなのに――。
 すると、岡くんはニコニコと笑って首を振った。
「とんでもない!――オレのために、悩んでくれたんですよね?」
「ちっ……違っ……」
 否定しようとしたが、何だか無駄なあがきに思えたので、渋々うなづいた。
「……だって……並んだら、アンタが恥ずかしいような姿じゃ、悪いでしょ……」
 あたしは、そう言い捨てると、早足で歩き出した。
「――ま……」
「ホラ、時間無いんでしょ。駅に行く途中で、少しブラブラするくらいしかできないわよ」
「ハッ……ハイッ!」
 岡くんは、驚いたように目を見開くと、すぐにうなづき、あたしを追いかけてくる。
 それは――やっぱり、飼い主を追いかけてくる仔犬のように見えて、あたしは苦笑いを浮かべた。


 それから、新大阪駅に行くまでに、少しだけ途中の店を眺めながら歩く。
 すると、不意に左手に温もりを感じ、岡くんの方へ顔を向けた。
「――……接触禁止」
「迷子防止、でしょう?」
 笑顔のまま、昨日と同じ言葉を口にする。
 あたしは、あきれるが、無意識に口元が上がった。
「――そうね。アンタにはリード(・・・)が必要みたいだし」
「え?」
「……何でもないわ」
 苦笑いでごまかしてみる。
 岡くんは、少しだけふてくされてみせるが、すぐに指を絡めて力を込めた。
「――茉奈さん、オレのコト――何か、子供扱いどころか、犬扱いしてません?」
 あたしは、一瞬、ギクリとするが、あっさりとうなづいた。
「だって、アンタ、最初に会った時から仔犬みたいだったもの」
「……仔犬って……」
「そんなに悪い意味じゃないわよ。……まあ、可愛いんじゃないの」
「うれしくありません」
 ふてくされる彼は、ぐい、と、つないでいた手を引く。
 不意打ちのそれに、あたしはバランスを崩しそうになるが、すぐに抱き留められた。

「――それに、可愛いのは、あなたの方ですし」

「――……っ……!」

 耳元で囁かれ、あたしが硬直している隙に、岡くんは離れ、手を繋ぎ直した。
「……岡くんっ……!」
「相変わらず、耳、弱いんですね」
「――バカ……ッ……!」
 ニッコリと笑って言う彼を、あたしはにらみ上げる。
 けれど、すぐに視線をそらされた。
「……だから、茉奈さん、ズルいんですよ」
「な、何よ」
「あなたは、にらんでるつもりでしょうけど、男にとっては、上目遣いされてると同じなんですよ」
「――は?」
 言われている事が、今いち把握できず、あたしは眉を寄せる。
 岡くんは、もういいです、と、苦笑いでごまかした。
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