Runaway Love
 ――え?

 こんな朝早く――しかも、平日。
 そもそも、ウチに来客なんて、まず、無いのに。

「杉崎?出なくていいのか?」
「え、あ、うん……」

 ――まさか……岡くんじゃ……。

 チラリと早川を見やると、目が合い、気まずくなって、そらしてしまう。
 それに気づかないヤツではない。
「おい、ヤバそうなら、俺が出ようか?」
「い、いいわよ」
 あたしは慌てて玄関を開けた。

「おはよー、お姉ちゃん!」

「――え」

 目の前にいたのは――奈津美だ。

「え、何?どうしたのよ」
「何かさぁ、将太が、昨日からお姉ちゃんにメッセージが届かないって、心配して連絡してきて。テルの出勤ついでに、乗せてきてもらったの」

 ――え。

 昨日は、それどころじゃなかったのだ。
 それに、スマホは寿命が近いし、充電が切れるのも早い。
 けれど、今、問題は別だ。

「――……お姉ちゃん、男物の靴あるけど……」

 こういう時、奈津美は目ざとい。
「そ、それは……」
「杉崎?大丈夫か……」
 けれど、あたしが、どう言い訳しようか悩む間も無く――早川が、顔を出してしまったのだった。

 瞬間、奈津美の叫びが響き渡ったのは――もう、あきらめた。


「――ええっと……同じ会社の営業部の……」

「早川です。初めまして」

 にっこりと、営業スマイルを朝っぱらからできてしまう早川を横目に、あたしはため息をついた。
 結局、大騒ぎする前に、奈津美を部屋に入れる事にした。
 テーブルをはさんで、あたしと早川、向かいに奈津美が座る。
 そろそろ出勤の支度をし始めたいところだけれど、こっちが優先だ。
 目の前の奈津美は、ゆるく髪を巻き、仕事用のメイクに気合いを入れていた。
 一体、朝からドコに労力を使っているんだろう。
「で、お姉ちゃん。早川さんと付き合ってるの?」
「――……は⁉」
「いえ、昨日、茉奈さんが会社で倒れてしまったので、自分が心配で付き添っていただけですよ」
 いつもよりも丁寧な口調。
 営業に出た先でのコイツは知らないけれど、きっと、こんな風なんだろう。
「お姉ちゃん、倒れたって……どうしたの⁉今まで一回も無かったでしょ!」
 熱が下がったばかりの頭に、奈津美の高い声はキツイ。
 あたしは、眉を寄せて奈津美を見やった。
「……あたしだって、わかんないわよ。……ただ、急に熱が出て、身体が思うように動かなかっただけよ」
「もう!アラサーなんだから、気をつけてよね」
「余計なお世話よ」
「杉崎、妹さんは心配してるんだろ」
 あたし達の言い合いを初めて見る早川は、たじろぎながらも、あたしに言った。
「ああ、気にしないで。いつもの事だから」
 淡々と返すあたしに、早川は渋々うなづいた。
「そうですー!こんなの、アタシ達には日常なんで!」
 奈津美は、そう言いながら、身を乗り出して早川を下から見上げる。
「は、はあ……」
 早川は、そのまま身体をのけぞらせて返すが、反応に困ったようで、あたしに視線を向けた。
 ――また、このコは。
「奈津美、失礼なマネしてんじゃないわよ」
「ええー!だって、こんなイケメン、久々にお目にかかったんだもん。お姉ちゃん、よく捕まえたね」
「……どういう意味よ」
 言葉の端々に悪意を読み取ってしまいそうになるが、奈津美にとって、こんなのは通常仕様。反応する方が、消耗するのだ。
「うーん、コレじゃあ、将太、勝ち目無いかなぁ……」
 あたしに、たしなめられると、奈津美は体勢を起こしながら、そんな事をつぶやく。
「お姉ちゃん、将太のコト振るなら教えてね。合コンセッティングしてあげなきゃ」
「――奈津美」
「あ、ゴメン、テルからメッセージ来た!そろそろ時間だから行くね!」
 そう言って、奈津美はあっさりと立ち上がり、玄関へ向かう。
「ちょっと……」
「ああ、お母さんには、まだ言わないであげるね!」
「奈津美!」
 あたしの制止も聞かず、奈津美は嵐のように、バイバーイ、と、ドアを開けて去って行ったのだった。
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