Runaway Love
 その場で立ち止まってしまったあたしを、早川は抱き寄せる。
「は、早川」
「――大丈夫だ。……元々、一回は振られてんだから」
「ね、ねえ、ちょっと待って」
 どうして、急に――。
 そう思い、顔を上げると、早川はそっとあたしを離した。

「――無意識か。……俺といる時、誰が浮かんだか、覚えてねぇのか?」

「……え……」

 そして、ぼう然としてるあたしの額を、軽く小突くと、苦笑いする。
 周辺の店の明かりが、その表情を、暗く映し出した。
 ――それは、まるで、泣き出す寸前のような……。

「……早川……」

「俺は、答え合わせなんてしねぇからな」

 ――……ああ、もう、どうしてコイツは……。

 無理矢理に笑う早川を見上げる。
 自然と、涙がこぼれ落ちた。

「……ごめん……あたし、やっぱり、アンタは貴重な”仲の良い同僚”、なの。……恋愛とか関係なく――対等でいられる……大事なヤツなの」

「茉奈」

 ――どんなに、大事に想ってくれても、同じ想いを返せない。

 それが、こんなにも辛いなんて、思わなかった。

「大丈夫だって言っただろ」
「でも」
「……俺だって、お前は貴重な”仲の良い同僚”、なんだから」
「早川」
「――泣くなって」
 そうは言っても、涙は止まらない。
 早川は、そっと、その大きな手であたしの頬を包み込み、涙を拭き取る。
「――……まあ、この際だから、友達(・・)にでも落ち着くか」
「……え?」
「男友達なら――まだ、同僚よりも距離は近い気はするしな」
「……早川……」
 あたしは、聞き慣れない――まったく縁の無かった、その言葉に目を丸くする。
 友達なんて――あたしには、もう、できないと思っていたのに。
 しかも、男友達だ。
 ――それは、野口くんとは、築けなかった関係。
 少しだけ感動していると、早川は、口元を上げた。

「それに、いつか、お前が一人でさみしいと思った時、俺の入り込む余地を残しておきてぇしな」

「――……は?」

 丸いままの目に加え、口がポカリと開いてしまう。
 あまりの事に、涙は止まった。
 そんなヒドイ顔のあたしを、早川は、楽しそうに見やって言った。

「――まあ、俺も充分、重い男だってコトだ」

「……早川……??」

「お互い友達として、一生、一緒に年食っていこうぜ。――で、気が向いたら、結婚しねぇか?」

「……は……???」

「もう、俺の人生、全部お前にくれてやるからさ」

「はあぁあ!!??」

 そんな重大発言、偉そうに、サラッとするな!
 さっきまでのしおらしさは、どこへ行ったのよ⁉

 早川は、ガマンしきれず、吹き出した。
「すげぇカオだな」
 あたしは、目を吊り上げる。
「誰のせいよ!」
 すると、早川は、ふっ、と、表情を和らげた。

「――俺だろ?」

 その顔に、一瞬だけ、胸は跳ね上がり、思わず固まってしまう。
 だが、早川は、そっとあたしの髪を撫でて笑った。


 ――ほんの少しだけ、目に光るものが見えたのは――気のせいにしておこう。
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