Runaway Love
 大家さんのところに先に行き、お土産を渡すと、にこやかにお礼を言われ、そして鍵を受け取る。
 既に、ライフラインは復旧の手配が済んでいるので、すぐに生活できるとのことだ。
 あたしは、アパートに戻り、階段から、部屋の前で待っている野口くんを見上げる。
 すると、すぐに視線が合い、微笑み返された。
 それだけで、大半の女性が見とれるほどの笑顔に、あたしは、どこかぎこちなく返してしまう。
「お、お待たせ。鍵、もらってきたから」
 そう言ってドアを開けると、部屋の空気は、換気していたとはいえ、少しこもっている感じがする。
 あたしは、すぐに窓を全開にし、その間に野口くんはスーツケースを中に運んでくれた。
「この辺に置いておきますね」
「あ、ありがとう」
 後ろから声をかけられ、あたしは振り返る。
 すると、目の前には彼の薄青のシャツ。
 抱きしめられたと気づいたのは、その腕の力強さを感じてからだ。
「の、野口くん」
「――……会いたかったです、茉奈さん」
 そう言って、あたしの髪に顔をうずめる。
 けれど、すぐに、離された。
「……野口くん?」
「――……お帰りなさい。……出向、お疲れ様でした」
 真っ直ぐな視線に、あたしは、うなづく。
「……ありがとう。野口くんも、お疲れ様」
「……明日、昇進辞令発表だそうです」
「……そっか。……お互い、おめでとう、なのかしら」
 すると、野口くんは、苦笑いで返した。
「おめでたいかどうかは、これから判断ですよ」
「それもそうね」
 お互い、肩書は変わっても、やる事はほとんど変わらない。
 というか、増えるのは確定だろう。
「茉奈さん、今日は、これから予定ありますか?」
 野口くんは、少し遠慮がちに尋ねる。
 あたしは、それにうなづいて返した。
「ええ、荷ほどきはそこまで時間かからないから、先に実家に行こうと思って」
「じゃあ、送りましょうか」
「え、でも」
「――今日は、大人しく帰りますから、ついで、です」
 そう言って、彼は、クスリ、と、微笑む。
「……そう。……じゃあ、近くまでお願いできるかしら」
 意地になって断る場面でもない。
 あたしは、そう思い、うなづいた。


 言葉どおり、実家の近くの商業施設の駐車場に車を停めると、あたしは車から降りた。
 相変わらず、野口くんはドアを開けようとしたので、手で制止する。
「――ありがとう、助かったわ」
「いえ。じゃあ、また明日。……やっと、会社で会えますね」
 あたしは、少しだけ苦笑いでうなづく。
 そして、ドアを閉めると、発車する彼の車を見送った。
 それから、実家まで数分歩く。
 手に持ったお土産が、思ったよりも重く、送ってもらって正解だった。
 あたしは、店の脇を通り、奥の家へ向かう。

「あれ、お姉ちゃん」

「――奈津美」

 すると、不意に声をかけられ、あたしはそちらを見やる。
 大きくなったお腹を重そうにしながら、奈津美が店の裏口から出てきたところだった。
「お帰り。あ、お土産⁉やった!」
「テンション上げないの」
 あたしは、あきれたように返す。
 相変わらずの奈津美の態度に、どこか、安心もしたが。
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