Runaway Love
 部屋の鍵を閉め、ようやく一息つけた。
 緊張で、息が上手くできず、深呼吸をする。
 震える手で、バッグからスマホを取り出すと、メッセージを確認した。

 ――茉奈さんが決めたら、連絡ください。

 ――それまで、毎日、様子は見続けますので。

 あたしは、部屋のテーブルにスマホを投げるように置き、ベッドに倒れ込んだ。

 ――お願い、あたしがあの人と対峙する時――そばにいてほしいの。

 それは、岡くんにしかできない。
 そばにいるのが会社の人間なら、すぐに、先輩はそれを盾にするだろうだから。
 早川が前に言った言葉。

 ――会社に関係無い人間にしか、止められねぇ。

 今のあたしに――その中で頼れるのは、岡くんしかいない。
 厳密に言えば、”けやき”の関係者なのだから、無いとも言い切れないけれど、少なくとも、彼自身、先輩と面識はまったく無いのだ。

 ――わかりました。茉奈さんの言うとおりにしますから。

 深い事情を聞かずに、彼はうなづいてくれた。
 それには、感謝しか無い。
 先輩との事情は、できれば話したくはないのだから。

 あたしは、ゆるゆると起き上がると、寝落ちしそうな頭を軽く振る。

 ――先輩と、今度こそ決別するのだ。

 それが、あたしが自分と向き合うための、絶対条件なのだから。


 翌朝、いつものようにアパートを出ると、以前のように、電柱のところで早川が待機していた。
「……おはよう」
「はよ。どうだ、部長代理は」
「……ていうか、何で待ってるのよ」
「いいだろ。友達(・・)なんだし」
 その返しに、あたしは言葉に詰まる。
 そう言われたら――うなづくしかないではないか。
「……アンタも、どうなのよ。課長補佐」
「あー……まあ、思った以上に面倒だな。課長って、割と、出歩かないで部下の管理がメインだから。書類関係任されてよ」
「そりゃ、そうでしょう。管理職よ、一応」
 あたしは、あきれたように早川を見上げる。
 すると、早川は苦笑いであたしをのぞき込んだ。
「けどよ、やっぱり、先週までそこら中、出歩いていたんだぜ?違和感しかねぇよ」
「我慢しなさいな」
「でも、大口は出張(でば)るみてぇだから、今までと、ちょっとやり方変えねぇと」
「そう、頑張って」
 淡々と返すと、早川はあたしの頭を軽くたたいた。
「おう。――振った事、後悔するかもな」
「しないわよ」
 お互いに苦笑いだ。
 もっと気まずくなるかと思ったが、友達、という言葉は、思いのほか良く効くらしい。
「なあ、今度、どこか遊びに行かねぇ?」
「……デートなんてしないわよ」
「友達と遊ぶくらいするだろ」
「……友達がいた記憶無いから」
 早川は、一瞬足を止めるが、すぐに歩き出す。

「――じゃあ、俺が初めて、だな」

 了承した覚えは無いのに。
 そう思うが、どこか気は楽だ。


 あたしにとって、初めての友達は、いつでも強引で、でも、あたしの事を大事に考えてくれる――とても、いい男だ。
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