Runaway Love
 それから、あたしは自分のデスクで、もらった書類とにらめっこだ。
 今までやってきた仕事とは、段違いに難しい。
 大野さんは、基本、社内の全部署の出納管理と、支店や工場から上がって来る伝票のチェックと監査。
 データで送られてくるものもあれば、現物が処理翌日に来るものもある。
 営業や秘書の方で、対外用に使用する予算の振り分けもあるし、その調整も行わなければならない。
 部長に至っては、会社の決算に向けての詳細をチェックしたり、社長への報告や、支店への確認や指導も行う。
 株価などにも影響してしまうので、部長の仕事は、社長と行う時も多い。

「まあ、社長は、ああ見えても、細かいからねぇ。こっちはいっつも胃が痛いよ。頑張れ、大野くん」

「……部長、プレッシャーかけないでください」

 そう、あっさりと言う部長に、ひきつりながら、大野さんは返していた。
 あたしの指導をしながらも、部長からの引き継ぎもしなければならない。
 一部とはいえ、大野さんの負担も相当なので、あたしがしっかり引き継がなければ。
 そう気合いを入れ直す。
 すると、不意に部屋のドアがノックされた。
「お疲れ様です、営業、早川、領収証持ってきました……」
 語尾が小さくなるほど、経理部員全員の気迫はすごかったらしい。
「お疲れ様、早川、これから領収証は外山さんにお願い」
 あたしはチラリと早川を見上げ、そう告げる。
「え?」
「ちょっと、今、経理部(ウチ)バタバタしてるから。用が終わったら帰ってちょうだい」
 早川は一瞬戸惑ったようだが、構っていられない。
「わ、わかった……」
 そう言って、あたしの隣でパソコンとにらめっこしている外山さんに、領収証の束を手渡す。
「よろしく」
「ハイ!」
 外山さんは、受け取るとすぐに、いつもあたしがやっている作業を始めた。


「っていうか、みんな、お昼行かなきゃ」

 少しして、思い出したように、部長が言うので、あたし達はどうにかキリの良いところで手を止めた。
 お昼のベルが鳴った事にも、誰も気づかなかったようだ。
 全員で社食へ行く事になり、引き継ぎの話をしながらエレベーターに乗る。
 定員の半分が既に埋まっていて、ちょっと酸欠になりそうだったが、すぐに到着したので、一安心した。
 これで、また、ぶっ倒れてしまったとか言ったら、もう合わせる顔が無い。
 社食の入り口まで行くと、全員でメニューを選ぶが、中を見やると、席は、ほぼほぼ埋まっている。
 そして、座っている社員達の視線が、どうも、あたしに向かっているようで居心地が悪く感じた。
「部長、やっぱり、あたし、今日はいいです」
「え?」
 言うが遅い、社食を出てエレベーターに乗り込む。
 ドアが閉じていくのを見つめ、あたしは息を吐いた。

 ――ああ、また、何かウワサになったんだろう。

 割と平和な社風のウチの会社。刺激が少ないから、昨日からまれたように、話題を求めているんだろうけれど。

 ――いい加減、他に話題を見つけてくれないかしら。

 ささくれ立つ気持ちは、大きなため息に変わった。
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