Runaway Love

9

 ――……な……さん……。

 ――……茉奈さん……!

 朦朧とした頭に、やたらと響く声。
 ゆっくりと目を開けると、いつの間にか、意識を飛ばしていたらしい。
 昨日は、早川は急きょ、車で二時間の営業先に向かわなきゃならなったらしく、帰りに遭遇する事は無かった。
 それに安心しきったのか、久し振りに、いつも通りのルーティンだったのに。
 つけっぱなしのテレビは、いつの間にか、朝の情報番組になっている。
 あたしは、苦り切って体を起こした。
 そして、何か声が聞こえた気がして、周りを見回すと――

「茉奈さん!大丈夫ですか⁉」

 覚醒してきた頭に、突撃してきたのは、岡くんの大声だ。
 あたしは慌てて起き上がると、玄関まで、よろめきながらも伝い歩き、ドアの鍵を開ける。

「茉奈さん!」

「うるさい!!」

 あたしが一喝すると、岡くんは、思いっきり見えない耳を垂れ下げた。
「……す、すみません……」
 けれど、あたしを見やると、真っ青になる。
「ちょっ……大丈夫ですか⁉顔、真っ赤ですよ?!」
「大丈夫よ……。薬飲ん……」
 そう言いかけて止まる。
 あれ?昨日、あたし、飲んでない?
 ――そうだ。調子が良かったから、そのままにして、結局寝落ちたんだ。
 自分の中でまとめていると、岡くんは、お邪魔します、と、言いながらドアを閉める。
「お、岡くん!」
「奈津美から連絡もらって、心配だったんで来ました!」
「大学は⁉」
「今日は休みですよ!」
「あ」
 そうだ。今日は土曜日。一応は休みか。
「ホントは、昨日飛んで来たかったんですけど、教授の課題、締め切りが早まってしまって――って、オレのコトはいいですから、ちょっと横になりましょ!」
「え、いや、薬飲めば治るから……」
「じゃあ、用意しますから!失礼します!」
「え、え⁉」
 岡くんは、素早くあたしを抱え上げ、部屋のベッドまで軽々と運んだ。
 ――見た目以上の力強さに、心臓が反応してしまうが、どうにか制止する。
 そして、ベッドにあたしを寝かせると、テーブルに置きっぱなしだった薬の袋を見やり、錠剤と水を持って来てくれた。
「あ、ありがと……」
 起き上がろうとすると、岡くんは、すぐに背を支えてくれる。
 その手のぬくもりに、不意に泣きたくなるが、うつむいて表情を隠した。
「無理しないでくださいよ……。茉奈さん、頑張りすぎなんですから」
 あたしは、口元に持っていきかけた手を止める。
「茉奈さん?」
「――……そんな事、ないから」
 不安そうに見てくる岡くんを見る事もなく、あたしは薬を飲んだ。
「――……とりあえず、ありがと……」
 岡くんは、あたしを、また横にすると、のぞき込む。
「オレ、今日は、ここにいますからね」
「……ちょっと、やめてよ。いらないわよ」
「だって、一人暮らしじゃないですか」
 何で、早川といい岡くんといい、同じ事言うのよ。
 あたしは顔を背けた。
「……勉強、ちゃんとしてるんでしょうね」
「あ、大丈夫です!終わってない課題、持ってきましたから!」
 抜け目ないでしょ、と、笑う岡くんをチラリと見やり、あたしは、思わず苦笑いだ。
「……ちゃっかりしてるわね……」
 それだけ言って、目を伏せた。
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