Runaway Love
 ひとまず、岡くんのスイッチが切れたようなので、起き上がろうとすると、慌てて止められた。
「茉奈さん、熱は⁉計ってないですよね?」
「――……たぶん、下がってる」
「ホントですか?」
 眉を寄せて、あたしの額に手を当てると、岡くんは、ほう、と、息を吐いた。
「……下がったみたいですね。――……良かった……」
「だから、大丈夫って言ったのに」
「心配くらい、させてくださいよ」
 岡くんは、そう言って立ち上がる。
「何か、必要な物、ありますか?買ってきますよ?」
 その問いに、あたしは首を振る。
 大抵のものは、ストックしてあるし、作り置きもまだ生き延びているはず。
「ありがと。でも、大丈夫だから」
「そうですか。じゃあ、何か、食べたいものあります?作りますよ?」
 何だか、至れり尽くせりの気もするが、ここで甘える訳にはいかない。
「平気。――まだ、食欲は無いし。ゼリー飲料があったはずだから」
 壁の時計を見やれば、午後二時。変な時間にお昼とはいかない。
 まあ、夕飯を早くすればいいか。
 そんな事を、つらつら考える。
 すると、岡くんが、ベッドの端に腰を下ろして、あたしをのぞき込む。
「言っときますけど、帰りませんからね」
「――泊まる気?」
「泊まって良いなら、喜んで」
「……帰りなさい」
 一昨日は早川、今日は岡くん――近所の評判が気になるわ。
 岡くんは、ふてくされながらも、うなづいた。
「わかりました。でも、明日も来ますからね」
「いらない。家で論文書いてなさい」
「パソコン、持ってきますから」
「はかどらないでしょ」
「まあ、テンション上がって、進みませんけど。でも、ちゃんとやるコトやらないと、茉奈さんに合わせる顔がありませんから」
 あたしは、大きくため息をつく。
 ――ホント、頭が回るわね。
 自分の言いたい事を先回りされてしまい、あたしは、あきらめた。
「……まあ、非常識にならない程度なら――」
「ホントですか⁉良かった!」
 岡くんは、満面の笑みで喜ぶ。
 それを見て、思わず、あたしも笑みが浮かんでしまったのだった。

 ようやく岡くんを部屋から追い出し、一息つく。
 もう、起き上がる気力は失せた。
 あたしは、再びベッドに横になると、無意識に唇に手を当てる。

 ――……岡くんのキスは、何で気持ち良くなっちゃうんだろう……。

 自分が自分でいられなくなりそうで――怖くなる。

 ――こうやって、教え込む気なら、何としてでも逃げなきゃならない。

 あたしは、少しだけ痛む頭で、決意した。
< 42 / 382 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop