Runaway Love

10

 翌日、部屋のチャイムが鳴り響く。
 あたしは、痛む頭を押さえながら、ベッドから、ゆるゆると立ち上がって玄関まで向かった。
 まだ、完全に治り切っていないようで、動きはいつもの半分くらいの速さで精いっぱいだ。
 壁の時計を見やれば、九時半を過ぎたところ。
 カーテンからの日差しは、もう痛いくらいだ。
 ――こんな早くから、よく来るわね。
 あたしは、苦笑いを浮かべながら鍵を開ける。
 今日は、呼ばないだけ、学習したか。
 そう思い、ドアを開け――固まった。

「おう、熱はどうだ?」

「は……早川……」

 早川が、シンプルなTシャツとジーンズ姿で目の前に立っていた。
 ――マズイ……何で……!
 てっきり、岡くんだと思ってしまった自分を悔やむ。
 ちゃんと確認してから出れば良かった!
 あたしは、心の中で苦りながらも、早川を見上げる。
「ど、どうしたのよ」
「どうしたって、見舞いだよ。昨日来られなかったから」
「……大丈夫。熱は下がった。ありがとう、じゃあね」
「おい、コラ。あっさりと追い返すな」
 苦笑いしながら、早川は玄関に入って来る。
「ちょっと……!」
「あんまり、外から見えるトコで、ゴチャゴチャしたくねぇんだよ」
 確かにそうだけど!
 あたしは、心の中で叫ぶ。
 今は事情が違う。岡くんが、何時に来るかなんて、聞いていない。

 ――二人が鉢合わせしたなんて言ったら……!

 そう思った瞬間、チャイムが鳴り、あたしは頭を抱えた。
「杉崎、大丈夫か?立ってるのも辛いなら、俺が出ようか?」
 早川が、心配そうに、あたしをのぞき込んで言う。
「――……いい……大丈夫……」
「でも」
「茉奈さん?」
 すると、ドアの向こうから聞こえてきたのは――やっぱり、岡くんの声だ。
 瞬間、早川の雰囲気が変わった気がして、顔を上げると、眉を寄せながら、ドアを見やっていた。
「は、早川」
「――何でだ?」
「え」
「……この前の若いヤツだろ?……付き合ってる訳じゃないって言ったよな?」
「当然でしょ!……昨日、アンタが帰った後、お見舞いに来てくれたのよ。今日も来るって言ってたから……」
 あたしは、それだけ言うと、あきらめ半分にドアを開ける。
 早川じゃないけど、玄関先でゴタゴタするのはごめんだ。
「あ、おはようございます、茉奈さん!具合は――……」
 朝から元気な岡くんは、テンション高く挨拶をしながら玄関に入って来るが、目の前の早川を見て固まった。

「――え?」

 戸惑いながら、あたしを見る岡くんを見られない。
 あたしは、大きく息を吐くと、その場にしゃがみこんだ。

「杉崎!」
「茉奈さん!」

 ――……もう、ヤダ……。

 二人が慌ててあたしの様子をうかがうが、顔を上げる気力も無い。
 ――何で、こんな状況になるのよ……。
「茉奈さん?また、熱出ました?」
「杉崎、薬飲んだのか?」
 そんなあたしの気持ちに、二人とも気づくはずもなく。

 心配してくれるのは、ありがたい。
 看病してくれるのも、助かるは助かる。

 ――でも、本当に、あたしは一人になりたい。

 ――誰も、いらない。

「おい、杉崎、気分悪いのか?」
 のぞき込む早川に、ゆるゆると首を振る。
 ようやく顔を上げると、二人が不安そうにあたしを見ている。
 それが、更に申し訳なさを助長した。
「――……本当に、大丈夫なの。……お願いだから……これ以上、あたしに構わないで……」
 振り絞るように、それだけ言うと、あたしは立ち上がるが、足元がふらついてよろめく。
 それを、早川が素早く受け止めた。
「――……おい、熱、上がってねぇか?」
「……大丈夫だからっ……」
「茉奈さん、やっぱり、病院行きましょう。休日診療所、連れて行きますから」

「大丈夫って、言ってるでしょっ……!」

 あたしは、頑なに首を振り続ける。
 反動で、何故か涙があふれてきた。
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