Runaway Love

12

「杉崎くん、これは、どういう事?」

「――ご覧のとおりです」

 翌朝、出社してきた部長に、昨夜、悩みに悩みぬいて書いた辞表を手渡した。
 イスに座ったまま、あたしを見上げてくる部長に、それだけ返す。
「おい、杉崎、こんな時期に何考えて……!」
 大野さんが、しかめ面であたしが渡した辞表と、あたし自身を交互に見やって言う。
「――すみません。でも、ご迷惑おかけする訳にはいかないので」
「何だよ、そりゃあ」
 すると、いぶかしそうにする大野さんとは反対に、仕事をしながら様子をうかがっていた後輩二人が、顔を同時に上げる。
「杉崎主任、ウワサなんて、気にしないでください!」
 外山さんが、涙目になりながら、立ち上がってあたしに抱き着く。
 あたしは、苦笑い気味に、彼女の手をそっと離した。
「――気にするなって方が無理でしょ。……それに、事実はどうあれ、このままじゃ会社に迷惑がかかるじゃない」
「――個人的な問題でしょう。関係無いじゃないですか」
 珍しく、無口な野口くんが、少しだけ憤ったように言う。
 あたしは二人の気持ちがうれしくて、口元を上げた。
「――……ホント、そうなんだけどね。……たぶん、そうさせてくれないんだろうな、って、思うのよ。――あたしが、この会社にいる限りは」
 そう、なだめるように言うと、部長を再び見やる。
「急な事なので、申し訳ありませんが、今月末までは勤務するつもりですので」
 部長は、苦虫を噛み潰したような表情を見せ、あたしを見上げた。
「――杉崎くん、急すぎるよ。ひとまず、これは、私の方で預かっておくから。トラブルが原因なら、現状から逃げずに、解決してからにしなさいよ」

 ――会社を辞めるのが、解決方法なのに。

 けれど、それ以上は言わせない圧を、部長から感じて、あたしは渋々ながらうなづいた。

 それから、いつも通り――それ以上に仕事をこなし、外山さんと野口くんに、できる限りの引き継ぎをする。
 二人には、かなり迷惑をかける事になるが、会社のイメージが悪くなるよりはマシだろう。
 覚悟していた呼び出しは、まだなので、もしかしたら社長の耳には届いていないんだろうか。

 ――もしくは、部長の方から辞表の件が伝えられたからか。

 ひとまず、いつ呼び出されても良いように、準備だけはしておこうと思った。
 
 お昼のベルが鳴ると、部長は午後から中央工場へ向かう事になっているので、そそくさと社食へ向かった。
「大野さん、あたし、ここで食べても良いですよね」
 そう言って、持っていたお弁当を見せる。
 大野さんは眉を寄せるが、ため息交じりにうなづき、部屋を出て行った。
「杉崎主任、あたしと一緒に、社食で食べませんか?堂々としてましょうよ」
「――そうしたいのは山々だけどね。……外山さんまで悪く言われるじゃない」
「あたしは、大丈夫です!」
 見た目以上に、意思の強い口調で言い切る彼女に、あたしは微笑む。
「――ありがとう。……でも、本当に良いの。二人とも、行ってらっしゃい」
 そう言って、粘る外山さんを振り切ると、野口くんとともに部屋から出した。

 ――……本当に、ごめんなさい。

 でも、ウワサだろうが、一度ついてしまったイメージは、払拭までに相当な時間がかかってしまう。
 そうなる前に、去った方が、みんなの為。
 あたしは、落ちてくる気分を立て直すように、机の上を片付け、お弁当を開けた。
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