Runaway Love

14

「大丈夫ですか?」

 裏口を出ると、ドアの脇でスマホを操作していた野口くんが、あたしに気づき、そう尋ねてきた。
「……大丈夫」
「そうは見えませんけど」
「そういう事にしておいて」
 これ以上は、聞かれたくない。
 その気持ちを拾い上げてくれたのか、野口くんは、通常仕様に戻る。
「夕飯でも、食べに行きますか」
「――ええ」
 淡々とした会話。それで良い。
 野口くんの後をついていくと、ちょうど、正面玄関と裏との真ん中ほどに、車は停めてあった。

「――どうぞ」

 その黒い車は、ちゃんと手入れをしているようで、年式は少し経っているようだが、外も中もキレイだ。
 助手席のドアを先に開けられ、あたしは、一瞬、彼を見上げ、視線をさまよわせる。
 ――え、の、乗っていいのよね?
 あまりに自然にされたので、逆に悩んでしまった。
「杉崎主任?」
「えっ、あ、ありっ……がと……」
 不思議そうに呼ばれ、あたしは、慌てて乗り込んだ。
 すると、運転席に乗り込んだ野口くんは、エンジンをかけると、不意に笑い出した。
「なっ……何⁉」
 それは、仕事上では見た事の無い、砕けた笑顔。
「いや……杉崎主任、挙動不審すぎですよ。笑いこらえるの、必死なんですけど」
「わ、悪かったわね!……男女交際初心者には、ハードルが高いのよ!」
 一般的に言う、ドライブデートなど、縁があるはずもなく。
 男の車に乗るのだって、初めてなのだ。
「キレないでくださいよ。……すみませんって」
「……野口くん、仕事の時と別人みたいね」
「だって、仕事は仕事ですから」
 表情を変えず、野口くんは言う。
「やる事やらなきゃ、望んだ生活は無いんですよ」
「――それは、同感」
 この先、一人で生きていくには、まず、仕事をして収入を得ないと始まらないのだから。
「――じゃあ、行きましょう。希望、ありますか」
 野口くんは、ハンドルを握ると、あたしを見やる。
 もう、いつもの彼に元通りだ。
 ――不思議なコだな。
「……まあ、無難なトコで良いわよ。任せます」
「わかりました」
 うなづいた野口くんは、慣れた様子で車を発進させる。
 目的地がわからないままのドライブだけど、何故か、気分は楽だった。

 車内を流れるのは、地方のFMラジオ。
 特に音楽にこだわりがある訳ではないようで、完全にただのBGMだった。
「――すみません」
「え?」
 車が動き出して五分くらいの沈黙の後、不意に野口くんにそう言われ、あたしは顔を上げた。
 前を向いてはいるが、気まずそうにこちらをうかがっているのは、わかった。
「何?」
 あたしが話を向けると、野口くんは、チラリとあたしを見やり、また前を向く。
「……オレ、こういうの初めてなんで……その、何、話して良いのか……」
 ちょうど赤信号で止まったので、あたしは、苦笑いぎみに、彼を見やる。
「大丈夫よ、あたしだって同じだし。それに、野口くんが無口なのは最初からだもの。別に無理矢理、場をつなごうとか考えなくていいわよ」
「――そう、ですか」
「でも、そういうの気にするコだったのね」
「いや、オレ、コミュ障は治った訳じゃないんで――」
「え?」
 あたしは、野口くんをのぞき込む。
 運転しているので、視線は真っ直ぐに前を見ている。

「――……そっか……」

 あたしは、体勢を戻し、背もたれに身体を預ける。
 だが、何か違和感を覚え、頭の中を整理しようとしたが、その前に気がついた。

「――え⁉」

「え?」

 あたしは、再び、勢いよく野口くんをのぞき込んで、目を丸くする。

「――そんな顔、してたんだ」

 思っていた以上の、整った顔。
 長い前髪は、両側に流され、おでこから全開になっていた。
 つり目がちで、少し切れ長の一重に、鼻筋はスッとしている。
 野口くんは、チラリとあたしを見やると、再び視線を前に向けた。
「――さすがに、運転中は危ないですから」
「そ、そうね。でも、そっちの方が良くない?」
「……でも、オレ、まだ、人と目を合わせて話すとか、ハードル高くて」
「……もしかして、前髪長いのって、それが理由?」
 何となくそんな気がして尋ねると、野口くんは、かすかにうなづいた。
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