Runaway Love
 午後からは、更にバタバタしてしまった。
 先月の月締めに不備があったらしい。
 その確認と、修正に時間を取られ、自分の仕事が終わったのは終業間際。
 取引先からの連絡で、向こうのミスで伝票が一週間分、二重に上がっていたとの事。
 システムの異常か何か知らないが、こちらの責任ではない分、疲労感が半端ない。
 もう少し、早く気づいてほしかったわ……。
 あたしは、首を回し、軽く頭を振ると思考を切り替える。
 ボヤいたって、しょうがない。
 これから、大野さんの引き継ぎの確認をして――。
「おい、杉崎。もう、今日は良いから。上がるぞ」
 その大野さんからの言葉に、あたしは顔を上げた。
「え、でも、引き継ぎが……」
「別に、オレはどこにも行かないだろ。来週からだっているんだから、わからなければ、聞けば良い」
「――は、はい」
 今週中に完璧に覚えなければならないようなプレッシャーがあったから、拍子抜けしてしまった。
 確かに、出るのは部長であって、大野さんではない。
 それに、引き継ぐ仕事だって、時期ではないものもあるし――確かに、わからなければ、聞けば良いのだ。
「わかりました」
 あたしはうなづくと、パソコンの電源を落とす。
 週末なので、全ての電源を確認し、全員で部屋を出ると、大野さんが鍵をかける。
「部長は、社長との打ち合わせが長引いてるみたいだな」
 エレベーターを待っている間、大野さんは、誰に言うともなく、そう言った。
「――ですね。今朝、姿を見て、それっきりです」
「こっちも、引き継ぎ途中だったんだけどなぁ……」
「え⁉大丈夫なんですか⁉」
 あたしは、ギョッとして大野さんを見上げる。
 頭一つ分上のところから、あたしを見下ろすと、大野さんは笑った。
「大丈夫だ。――ていうか、やるしかないんだから、大丈夫とか言ってるレベルじゃない」
「……すみません、あまり力になれなくて……」
 あたしは、思わず視線を下げる。
 大野さんの次の役付きなんだから、もう少し、できるようになっていたかった。
「いいから、いいから。お前等は、自分の仕事を、ちゃんとこなしてくれ。いつも通りだ」
 そう言って、大野さんは、あたしを見てから、後ろにいた野口くんと外山さんを振り返った。
「はい」
「頑張ります!」
 二人の返事に、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。

 ――うん、頼もしい後輩で良かった。

 そう思ったら、エレベーターが到着し、空の箱の中に全員で乗り込んだ。

 今日も、野口くんに送ってもらい、家に着いたのは七時前。
 外山さんは、彼氏が迎えに来てくれたらしく、ウキウキしながら帰って行った。
 金曜なので、そのままデートの予定だったそうだ。
 あたしは、夕飯を簡単に終え、急いでベッドの上に手持ちの服を広げて見回すと、頭を抱えてしまった。

「――……何、着ていけば良いのよ……」

 ――明日、よろしくお願いします。

 まるで、業務連絡のような言い方だけど、デートなのだ。
 ――いや、デートという名のついた買い物だが。
 だが、男性と出かけるという事自体が、初めての経験なのだ。
 一体、何を着ていけば正解なのよ。
 そこまで考え、不意に奈津美の姿が思い浮かぶ。
 いつも、照行くんと出かける時は、普段着とは違う、気合いの入った流行らしい服を着ていた気がしたけれど――……。
 そもそも、そんなものは、あたしの所持品には存在しないのだ。
 いっそのこと、検索でもしようかしら。
 そんな事を思ってしまうほどには、あたしの頭はキャパオーバーしていたようだ。
 結局、普段着より少し見栄えのしそうなカットソーと、スカートで落ち着く事にしたのは、日付を越えた頃だった。
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