Runaway Love

17

 どうにか、マルタヤまでたどり着くと、あたし一人で中に入る。
 野口くんは、気を遣って一緒に来ようとしたけれど、丁重に断った。
 少しでも、視線が気になる場所は、今は避けた方が良いと思ったから。
 あたしは、頭の中でメニューを思い浮かべながら、食材をカゴに入れた。
 ひと通り、と、言っていたけれど、和洋中の何が揃っているのか、わからないし、どれでもできそうな食材の方が良いだろう。
 そして、急いで会計を済ませて車に戻る。
 助手席のドアを軽くたたくと、シートを倒して横になり、手で顔を覆っていた野口くんは、体を起こした。
 あたしは、車に乗り込み、彼をのぞき込む。
「――少しは楽になった?」
 顔色が、少し戻ってきた気がするので、そう尋ねてみると、軽くうなづいて返してくれた。
「……ハイ……。……ホント、すみませんでした……。少しはマシになったと思っていたんですが……」
「気にしないで。――あたしこそ、無理なお願いしてて、ごめんなさい」
「いえ、それは、オレが言った事なんで」
 二人で頭を下げ合い、顔を見合わせる。
「――じゃあ、お互い様って事で、やめにしましょ」
「そうですね」
 苦笑いしながら、あたしは、持っていたエコバッグを抱え直す。
「あ、後ろに置いてください。割れ物ありますか?」
「ううん、大丈夫。――卵くらいだし、よほどじゃなきゃ大丈夫よ」
「わかりました。安全運転で」
 野口くんは、そう言ってうなづき、車を発進させた。

 ショッピングモールからマルタヤ、そして、たどり着いた野口くんの自宅は、そう古くもないマンションの一階奥だった。
「どうぞ。――……あの……言い忘れてましたが……引いても構いませんから」
「お、お邪魔します……?」
 ドアの鍵を開けて振り返る野口くんは、少々気まずそうに、あたしを見て、そう言った。
 いまいち意味がわからず、そおっと、中に入る。
 玄関から見えるところに、違和感は無い。
 一体、何を気にしてるんだろう。
 そう思いながら、足を進めていく。そして、視界に入ったものを、思わず二度見してしまった。

「――何コレ……すごい量……!!」

 ワンルームの奥、ベッドがある方の壁側には、天井までの本棚が三つ。
 見た限りでも、数百冊くらいはあるんじゃないかと思うくらい。
「……あの……茉奈さん……?」
 エコバッグを置いて、すぐに飛びつくように本棚に向かって、背表紙を眺める。

 ――すごい、すごい!!

 あたしじゃ、こんなに集められない!

 タイトルの中には、話題作や古い名作、ライトノベルというジャンルもあるし、ミステリもある。
「野口くん、スゴイね!」
 興奮気味に振り返ると、すぐ後ろに野口くんが立っていた。

「――え」

 ふわりと包み込まれる感触に、自分が抱き込まれている事に気がつく。

「の、野口くん?」

「――うれしいです」

「え?」

「……オレ、今まで、こんな反応された事無かったんで……。みんな、どこか、引いていて……」
 そう言って、野口くんは、すぐに離れた。
 あたしは、苦笑いで彼を見上げる。
「言ったでしょ。昔から、あたしも本は好きだって。――ただ、買ってる余裕も、読む時間も無くなっちゃったから――」
「そうでしたね」
「そうよ。大体、中学も高校も、図書委員だっ……」
 不自然に途切れた言葉に、野口くんは眉を寄せた。
「茉奈さん?」
「う、ううん……何でもないわ。ごめんね、興奮しちゃって。すぐに作るわ」
 あたしは、ごまかしながらキッチンの方へ、荷物を持って向かった。


 ――図書委員だった先輩は……あたしが、こうやって恋愛から逃げる原因なのだから。


 いまだにうずく傷に、自分でも嫌になってしまう。
 けれど――治す手段は、思い浮かばない。
 傷は、癒える事もなく、あり続けている――。
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