Runaway Love
「の、野口くん?」
「――すみません。……オレ……早川主任みたいに、頼りになれなくて……」
 あたしは、抱き込まれたまま、彼へ顔を向ける。
 至近距離のキレイな顔は、少しだけ、悲しそうに歪んでいた。
「……ありがと。でも、野口くんが気にする事じゃないわよ」
 コミュ障を、頑張って治そうとしているのだ。
 必要以上のプレッシャーは逆効果だろう。
 あたしは、宥めるように腕を野口くんの背に回し、軽くたたく。
「早川は、アレが通常だし。野口くんが真似する必要はないの。――あなたは、別の方向で、ちゃんと頼りになってるわ」
「……ありがとうございます……」
 すると、エレベーターの到着音が響き、あたし達は我に返ったように急いで離れる。

 ……い、いや、別に深い意味は無いし……。

 昔、よく、ゴネる奈津美を、こうやって宥めていた癖が、まだ抜けていないだけで。
 心の中で、言い訳をしながら、社食に入ると、一斉に視線が向けられた。
 ――ああ、もう、少しは別の話題を探しなさいよ。
 思わずボヤきそうになるが、何とか耐える。
「――茉奈さん、あっち、空いてます」
「あ、そ、そうね」
 先を歩いていた野口くんが、窓側の二人席を指さしたので、あたしは反射的にうなづいた。
 席に着き、お弁当を広げると、不意に影ができる。
「――何よ、早川」
「い、いや、大丈夫かよ。……社食来ても……」
 あたしは、息を切らしながら立っている早川を見上げる。
 そして、すぐに視線をそらした。
「――大丈夫か心配するくらいなら、近づかないでちょうだい」
 それが、一番なんだから。
 あたしは、箸を取ると、おかずをつつき始める。
 ほとんどが、昨夜食べようと作り置きしていたものだ。
 すると、不意に脇から手が伸びる。
「じゃあ、コレと引きかえな」
「え」
 まるで、子供がつまみ食いするように、卵焼きが持っていかれる。
「ちょっと!」
 一口で口に入れ、早川は笑う。
「ごちそうさん」
「――もう!」
 あたしは、少々ふてくされて、早川を追い返す。
 ああ、あたしの卵焼き……。
 今日は、結構良くできた方だったのに。
「茉奈さん、オレの分、いります?」
 野口くんが、遠慮がちに尋ねるが、あたしは首を振った。
「ううん、ありがとう。……大丈夫。ただ、少し、腹が立っただけ。……まったく、子供じゃないんだから」
 そう言うと、生き残った卵焼きを口に入れた。

 ――やっぱり、アリなんじゃないの?

 不意に聞こえた声に、勘ぐりそうになるが、無視を決め込む。
 あたしは、何もしていない。
 ――だから、必要以上に気にしない。
 自分に、そう言い聞かせながら、お昼を終えた。
 野口くんは、既に食べ終え、ペットボトルのお茶を飲んで、あたしを待っていた。
「ごめんなさいね、遅くなっちゃって」
「いえ。オレが早食いなだけですから」
 あたしは、苦笑いで返すと、立ち上がる。
「――そろそろ戻りましょ」
「ハイ」
 二人で社食を出る間も、視線は絡みつくように向かってくる。
 あたしは、意地でも反応したくないので、無視するが、野口くんを見上げると、少し顔色が良くない気がする。
 エレベーターに二人で乗り込むと、あたしは野口くんを見上げた。
「ねえ、大丈夫?顔色、悪くない?」
「ああ、いえ……。すみません……何か、久し振りに、視線を感じてばかりだったんで……ちょっと消耗しました」
「そう。気分は、悪い?午後から仕事になりそう?」
 あたしは、彼をのぞき込む。
 キレイな顔は、そのままに、脂汗が浮かんでいた。
「ごめんなさい、あたしのせいで……」
 よく考えたら、あたしが髪を切ったらどうか、なんて、簡単に言ってしまったから――。
 デートの時から、ずっと――あたしの知らないところで、神経をすり減らしていたんだろう。
 そう思うと、申し訳なさが襲ってくる。

 ……やっぱり、あたし一人で何とかしなきゃ。

 エレベーターが五階に到着すると、あたしは、いつものように先に降ろしてもらうが、徐々に歩みは遅くなる。
「……茉奈さん?」
 すると、野口くんが、後ろから、いぶかしそうにのぞき込んできた。
 あたしは、その場に立ち止まり、口を開く。
 できる限り、傷つけない言い方をしたいけれど、どう言えば良いのかわからない。
 結局、ストレートに言うしかなかった。

「――ごめんなさい、野口くん。……やっぱり、やめようか」

「え」
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