Runaway Love

21

 朝から、ルーティンは変わらず、経理部の仕事はいつも通り。
 ただ――。

「おい、杉崎!こっちの入力、間違ってるぞ!」

「えっ……す、すみません!」

 大野さんが、ファイルと出力した用紙を、あたしの机に放り投げる。
 向かいに座っているので、回り込むよりも楽という理由だ。
 ふせんのついている箇所を見て、青ざめる。
 ――全部、項目が一行ズレてる!
 ありえないミスに、ぼう然としそうになるが、頭を振ってリセットだ。
「頼むぞ、杉崎」
「申し訳ありません」
 すぐに訂正し、出し直す。
 チェックを入れ、大野さんにファイルと一緒に戻した。
「サンキュ。――杉崎にしては珍しいな。朝のヤツ、引きずってるのか?」
「――え」
「会社中、大騒ぎだぞ。受付嬢とお前が言い合ってて、早川と野口が割って入ったって」
「言い合ってはいません。一方的に言われただけです」
 大野さんは、パソコンを勢いよくたたき、続けた。
「アレか。イケメン捕まえたから、やっかみか」
「あの受付の女性(ひと)、派遣の人の間では、いろんなトコで男漁りしてるって、有名なんですってー」
 外山さんが、請求書を作りながら、あたしをチラリと見て言った。
「杉崎主任は、何も悪い事してないのに」
 あたしよりも憤った彼女は、手を止めると、野口くんをデスク越しに見やった。
「野口さん、ちゃんと守ってあげてくださいよ!彼氏なんだから」
「ちょっ……外山さん!」
 仕事中に、何を言ってくれてるの、このコは!
 あたしの動揺をよそに、野口くんは、淡々と返す。
「当然ですけど」
「の、野口くん」
「ハイハイー、仕事、仕事!外山さん、午後、銀行ついでに、印紙買ってきてくれ」
 すると、大野さんが手を叩きながら、立ち上がる。
「あ、ハイ!」
「それから、杉崎」
「はい」
「週末、中締め全員で(・・・)やるから、その予定でいろ」
「――わかりました」
 すると、外山さんが、手を止める。
 そして、驚いたように大野さんを見上げた。
「――え、あ、あたしもですか?」
「ああ。杉崎、後で説明してやってくれ」
「はい」
 外山さんは、表情を明るくして、あたしを見た。
「よろしくお願いします!」
 あたしは、うなづくと、再びパソコンをにらみ付けた。

「じゃあ、お前等、先に行ってくれ」
「はい」
 お昼になっても仕事が片付かない大野さんは、三十分ずらすとの事で、あたし達は先に部屋を出た。
 社食は、午前十一時半から、三時までは出入り自由なのだ。
「あたし、同期と待ち合わせなんでー!」
 外山さんは、そう言ってダッシュでエレベーターに駆け込む。
 それを見送りながら歩いていると、
「ま……す、杉崎主任、社食行くんですか?」
 野口くんが後ろから、慌てたようについてきた。
 あたしは、振り返りうなづく。
「当然でしょ。堂々としてないと、ウワサが無くならないじゃない」
「そ、そうですけど……」
 野口くんが、何を気にしているのかは、理解しているつもりだ。
 ――だからこそ、ここで引いたら、すべて認めているようで嫌なんだ。
「大丈夫。――ああ、それより、野口くん、今日はお昼どうするの?」
「え、あ、いつも通り――」
「買うなら、お弁当いる?」
「え」
 あたしは、持っていたバッグの中身を、彼に見せる。
「昨日、実家に行ってたら、結局、夕飯食べ損ねてさ。残り物で申し訳無いんだけど――良かったら、協力して?」
「あ、ありがとうございます」
 野口くんは、うなづくとエレベーターのボタンを押す。
 そして、二人で並んで重力に体を任せていると、不意に腕が引かれた。

「え」

 気がついた時には、野口くんの腕の中に、すっぽりと納まっていた。
< 93 / 382 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop