ミューズな彼女は俺様医師に甘く奏でられる
「病院でも真田医師を排除する動きは着実に高まっていて。彼は上に覚えが悪い、これを機会に追い出したいと医院長は考えてるそうですし。まぁ、佐々木医師が帰国したのが唯一懸念されるところか」

「ドクター佐々木はアメリカで有名ね。桜をさっさと治して貰って退場させないと。今夜の演奏、許可など得てないし。桜にバレたら大変よ」

 エミリーがクスクス笑う。赤い唇で少女みたいに無邪気に。

「大丈夫、鈍感なミューズは気付かないさ。エミリーさんの目的にだって長年、気付かなかったんでしょ?」

「えぇ、私は桜のママにずっと復讐してやりたかった。あんな美しくて、役にだって恵まれていたのに、結婚したらスパッとスクリーンを去ってしまったわ。それが許せなくてーー」

「それで娘に仕返しをした?」

「あの子ってば何も疑わないから。ヴァイオリニストが写真集なんか普通出さないでしょ? ヴァイオリニスト引く為には我慢しろって言えば、何でも言う通りにして。ヴァイオリン馬鹿なのよ」

 あまりにも滑らかな種明かしを披露され、エミリーは私に聞かせたくて仕組んでいるのではないかとさえ感じる。

 エミリーが俳優だったのは知っていて、本人曰く冴えない俳優人生との事だが、私は彼女のお芝居を見破れなかった。というより芝居などせず、素顔で今日まで悪意を向けていたのだろう。

 エミリーをよくよく見れば仕草やメイクが母と似ている。

 彼女は私を通して母を見ていた。だから、ここで立ち尽くす私など見えない。
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