かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~

はるやの限定羊羹

「おはようございます」
「……おはよう」

 望晴が朝食の支度をしていると、拓斗が起きてきた。
 ちょっとぼーっとしてテンションが低い拓斗が挨拶を返してくれる。

「着替える」
「はい」

 彼はパジャマ姿がまずいと思ったのか、部屋に戻りかけて、また踵を返す。

「顔、洗ってくる……」
「はい」

 いちいち申告してくれるのがちょっとかわいいと思ってしまって、望晴は笑みを浮かべた。
 顔を洗って、さっぱりしたのか、先ほどよりキリリとした顔の拓斗が戻ってきた。

「着替えてくる」
「その間に、料理を準備しますね」
「あぁ」

 スーツに着替えた拓斗は台所に来て、お皿を運んでくれた。

「ありがとうございます」
「これくらい別に」

 そっけなく返されて、変わりない拓斗の態度に、望晴は安心した。
 特別な感情を向けられても困ると思ったからだ。
 やはり彼にはそんな気はないようだ。
 でも、誰かと一緒に朝食をとるのは久しぶりで、なんだか楽しい気分になった。
 拓斗は朝食をぺろりと食べ、出かけていった。
 出る前に「帰りは遅いから、夕食は先に食べてくれ」と言い残して。

 出勤はゆっくりでいい望晴は、後片づけして、洗濯して、軽く掃除した。
 拓斗が脱ぎ散らかしていたパジャマをたたみ、ベッドメイクをする。
 そういえば、ゴミ出しのことを聞いたら、家政婦に任せていたからと、なにも知らないようで、コンシェルジュに聞いてくれと言われた。
 食事といい片づけといい、彼にはどうやら生活能力はあまりないらしい。
 望晴は夕食になにを作ろうかと、キッチンに行った。
 そして、棚に見慣れたマークのついた箱を見つけ、声をあげる。

「えっ、これって、はるやの限定羊羹?」

 そこには贔屓の和菓子メーカーの羊羹があった。
 はるや本店で一日限定二十個しか販売されないものだ。
 食に興味なさそうな拓斗が持っているとは驚いた。
 はるや本店はサウスエリアのモールに入っていて、カフェも併設されているので、望晴はしばしば通っている。
 でも、仕事帰りに寄るので、その羊羹はいつも売り切れでまだ買えていなかった。いつも見本のパッケージを残念そうに眺めるだけだった。

(適当になんでも食べてもいいって言ってたけど、これはさすがに別よね?)

 贈答品かもしれないし、勝手に食べるわけにはいかないが、拓斗が帰ったら聞いてみようと思った。


 その日、拓斗が帰ってきたのは言っていたとおり、九時過ぎだった。

「ただいま」
「おかえりなさい」

 望晴が玄関で出迎えると、驚いたように拓斗はじっと彼女を見た。

「なにかありましたか?」
「……人に出迎えられるのは久しぶりだなと思って。大学から家を出ているから」
「そうだったんですね。すみません、お邪魔して」
「いや、誘ったのはこちらだ」

 拓斗はかぶりを振って、自室へ入った。
 望晴も『おかえりなさい』と言ったのは久しぶりだった。でも、悪くない気分だ。
 彼女の就業時間は二十時なので、帰ってきて料理をして、ちょうど食べ始めようとしていたところだった。
 彼が着替えている間に、追加で彼の分も用意する。
 スーツを着替えた拓斗がリビングに戻ってきた。
 グレーのジャージを着ている。
 彼が着ると、ただのジャージでもオシャレに見える。

(ジャージならコーディネートの必要ないわね)

 そう考えて、望晴はひそかに頬を緩めた。

「私も食べようとしていたところだったんです」

 皿を運んでいると、拓斗も手伝ってくれた。

「僕が遅くなったときには、温めるくらいは自分でできるから置いておいてくれればいいから」
「承知しました」

 料理を運び終えて、二人は食卓につく。
 今日のメニューは、望晴の得意な肉じゃがに、ほうれん草のみぞれ和え、豚汁だ。
 事前に好みを聞いてみたのだが、好きなものも嫌いなものもないと言われた。
 服と一緒で、興味がないのだろう。
 望晴は自分の作った料理の反応を見たくて、ちらちら彼を窺った。
 でも、なにを食べても拓斗は無表情で、美味しいと思っているのかそうでないのか、まったくわからない。

「ごちそうさま」

 拓斗が食べ終えて、食器を重ねた。望晴がまだ食べているのに、さっさと皿を片づける。実にせっかちだ。

「あ、そこに置いておいてください」

 望晴が声をかけるが、彼は慣れた手つきで食洗器に皿を入れていった。
 彼女も急いで食べ終え、食器を運ぶ。
 そばにいたら、料理の感想を言ってくれるかと思ったが、拓斗はなにも言わなかった。
 望晴は少しがっかりする。
 文句がないということだろうと捉えて、望晴はもう一つ聞きたかったことを口にした。

< 12 / 53 >

この作品をシェア

pagetop