かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~
 結局、拓斗の両親と食事をすることになった。
 師走の忙しい時期だったが、藤枝が絶対にセッティングすると張り切っていたそうだ。
 調整した結果、平日の夜にサウスエリアのホテルの中にあるフレンチレストランに行くことになる。
 店の名前を聞いて、望晴は引きつった。
 それはミシュランの星を取ったレストランだった。限られた人しか予約さえできないとも聞く。
(きっととんでもなく高いんだろうなぁ)
 でも、そんなところで食事する機会などなかったので、食いしん坊な望晴は楽しみでもあった。 
 午後休みを取った望晴は、自分をプロデュースすることにした。
(パーソナル・カラーコーディネーターになりたいんだったら、こういう場面こそアドバイスできなくっちゃね!)
 この日のために自店で買ったローズピンクのセミフォーマルワンピースを着る。自己診断では望晴はブルベ夏のソフトタイプだから、ピンクでも青みがかったほうが似合う。
 淡水パールのネックレスとイヤリングをつけ、髪はハーフアップにまとめた。アウターはグレージュのノーカラーコートだ。オフホワイトのハンドバッグを持って、鏡に姿を映してみる。
「うん、いい感じ」
 そこには彼の両親への挨拶を控えた初々しい女性がいた。
「完璧だわ!」
 自画自賛した望晴はふと啓介の言葉を思い出す。
 ――一緒に暮らすうちに変わるかもな。なんせもう夫婦なんだからな。
(こんなことしてると、本当に普通の夫婦みたいだわ。なれるのかしら……?)
 そんなことを考えて、慌ててかぶりを振る。
 かりそめの関係だと、忘れないようにしないと後がつらいと思ったのだ。
 時間になって、望晴はホテルに向かう。
 歩いていける距離だが、今日はタクシーを使った。
 ホテルに着くと、クラシックで大きな回転ドアに出迎えられる。ゆっくり回るそれを通って入ると広いロビーだ。
 アンティークな内装が素敵で、入ってすぐに大きな壷が設置され、生花が豪華に活けられている。それを取り囲むようにソファーが並ぶ。
 その中の一つに拓斗が腰かけていた。長い脚を組んだ彼は高級感漂う雰囲気にマッチしていて、まるでホテルのPRポスターのモデルのようだった。
「拓斗さん、お待たせしました」
 声をかけると、タブレットで作業をしていた手を止め、目線を上げる。
「待ってない」
 待ち合わせた時間の十分前だったので、そう言ったのだろう。
 言い方が下手と思って、望晴はくすりと笑った。
「行こう」
 拓斗が立ち上がり、奥のエレベーターホールに向かった。
 行き慣れているようで迷いがない。
 最上階のレストランの入口で拓斗が「由井で予約してる」と言うと、「由井様、お待ちしておりました」と席に案内された。
 シックな調度に真っ白なテーブルクロスがかけられたテーブルで、背後は全面ガラスの窓だった。そこにはまばゆい東京の夜景が映しだされている。
 その窓際の席に拓斗の両親が座っていた。
「望晴と申します。今日はお忙しいところ、ありがとうございます」
 望晴は拓斗の父に挨拶した。
 彼は銀縁眼鏡で厳めしい表情をしているが、拓斗の父だけあって、整った顔をしていた。
(この人が拓斗さんのお父様? 大好きなはるやの社長でもあるのよね。拓斗さんもこんな渋い素敵なおじさまになるのかしら?)
 思わず、じっと見てしまう。
 立ち上がった拓斗の父は目もとを緩め、軽く会釈した。
「由井健斗だ。よく来てくれた。まずは座ってくれ」
 店員が引いてくれる椅子に座る。
 向かいは藤枝だ。
 彼女はうれしそうに笑いかけてきた。
「望晴さん、本当にありがとう。義父がとても喜んでいたわ。昔馴染みだったんですってね」
「そうなんです。ご近所ではるやさんにはよく通っていましたので、びっくりしました」
「その件だが、父がすまなかった」
 突然、健斗が頭を下げた。
「え?」
「その場で入籍させるなんて、結婚の意志があったにしろ強引すぎる。拓斗もそういうときはちゃんと止めるべきだろう!」
 健斗がきつい言い方をしたので、拓斗がムッとした顔をした。でも、本当のことなので言い返せず、口をへの字に曲げる。
 望晴は慌ててとりなした。
「いいえ、私の両親も乗り気で、拓斗さんも止められなかったんです。それに、拓斗さんはちゃんと話し合いの場を作ってくれて、二人で決めたんです。ね、拓斗さん」
 望晴の呼びかけに、拓斗が不機嫌そうにうなずいた。
 健斗もほっとしたようだ。
「それならいいが」
 そこに明るい声で藤枝が口を挟む。
「おめでたいことが早まってよかったってことにしましょうよ。じゃあ、乾杯ね。望晴さんはワイン飲める?」
「はい。大丈夫です」
「拓斗はあまり飲まないほうがいいわよね?」
 まずは白ワインで乾杯をした。
 藤枝が選んだワインはフルーティで飲みやすく美味しいものだった。
 コース料理を頼んであるということで、早速、前菜が出てきた。
 オマール海老やタラバ蟹を薄くスライスしたアスパラガスで巻いてあるもので、白い皿にカラフルなソースで装飾されていて、目にも楽しい。
 緊張していた望晴だったが、料理が出てくるととたんに意識がそちらに向いてしまうほどに食いしん坊だった。
 料理を口に入れた望晴は目を細める。
(ん~、美味しい! 幸せ!)
 藤枝と拓斗が笑った。
「望晴さんは本当に美味しそうに食べるから、こっちまでうれしくなるわ」
「それはそうだな」
 そう評されて、望晴は赤くなった。
 藤枝はともかく、拓斗にもそう思われているとは想像してなかったのだ。
< 34 / 52 >

この作品をシェア

pagetop