本日、初恋の幼なじみと初夜を迎えます。~国際弁護士は滾る熱情で生真面目妻を陥落させる~
 タクシーの中で必死に資料を読み込み、セミナーの開始三十分前になんとか到着する。

 会場スタッフに挨拶に行くと、彼らは課からの連絡で代打のことを知っていた。『とにかくプレゼン準備を』と勧められる。仕事の早い同僚たちに感謝しつつ壇上そでに用意されているノートパソコンを開いた。
 開場まで二十分を切っている。目の前の資料に意識を集中した。

 今回のセミナーは『アジア進出』が主なテーマのため、当たり前だがアジアの国々のことばかりだ。
 講義をする予定だった先輩は中国上海やタイの在外公館勤務実績があったが、私はニュージーランドとアメリカしか経験していない。もちろん常に情報交換はしているためそれなりの知識はあるが、参加する企業担当者はより解像度の高い()きた情報を求めて来場するはずなのだ。

 このセミナーには外務省だけでなく農林水産省、経済産業省などの他省庁からも職員が参加する。それだけではなく、企業や経済団体からも専門知識を持つ人々が集められていて、いわば官民協力のもと行われる一大イベントだ。失敗はできない。

 幸い先輩がまとめた原稿はとてもわかりやすい。タクシーの中で読み込んできた資料よりもさらに簡潔に要点を絞ってある。セミナーに訪れる企業担当者に伝わりやすいよう工夫してあることが読み取れた。これならなんとかなりそうだ。

 一度さらりと目を通した後、今度は時間配分を計算しながら原稿を頭に叩き込んでいく。全神経をパソコンに集中していた、そのとき。

「香ちゃん……?」

 聞き覚えのある声に、弾かれたように顔を上げる。目に飛び込んできたものに両目を思い切り大きく見張った。
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