本日、初恋の幼なじみと初夜を迎えます。~国際弁護士は滾る熱情で生真面目妻を陥落させる~
「あ……」
「北山。ちょうどよかった」

 目が合うなりそう言ったのは結城首席だ。きちんとジャケットを羽織りカバンを持っているところを見ると、彼も退庁するところのようだ。

「なにかありましたか?」

 首席が室長を務めるAPEC室とは、サミット関係で共同業務がある。急ぎの案件でも今ならまだ戻ってやれると一瞬でスイッチを入れたが、首席の口から出たのは思いも寄らない言葉だった。

「次の土曜、午後からは空いているか?」
「え?」

 休日出勤の要請だろうか。それなら課長を通して通達されるはずなのだけど。

 不思議に思いつつも頭の中にスケジュール表を思い浮かべる。明日からは海の日を含んだ三連休となっていて、その次の土曜日に予定は特にない。
「はい」と返すと、首席がふわりと表情を緩めた。

 あ、珍しい。そんな顔をするなんて。

 二年半ほど在米国大使館で一緒に働いていたときでも、今のような表情を見たことはない。物腰やわらかな人ではあるけれど、おそらく芯の部分はずっと〝外交官〟のままなのだ。彼が固く着込んだ外交官の鎧を外すのを、この外務省で見たことがある人はいるのだろうか。

「じゃあその日でいいか?」
「え?」
「卵焼き講習会」
「え!」
「さやかがその日なら空いていると言っていたから」
「ええっ!」
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