契約結婚か   またの名を脅迫

プロポーズという名の脅迫

 絶体絶命である。
 希実は小さく身を縮め、息を殺した。
 棚の影でしゃがみ込み、必死に気配を抹消する。さながら空気と同化する勢いで。
 しかし悲しいかな、自分は人間。
 透明にはなれないし、残念ながらこの場から瞬間移動もできないのだ。
 ここ――会社内で最もひと気がないはずの地下倉庫で、希実は自らの口を両手で押さえ、漏れそうになる呼吸音をごまかそうと足掻いていた。

 ――いつも誰も出入りしないのに、どうして今日に限って……!

 やや意地の悪い同僚に、過去の資料を集めてきてくれと仕事を押し付けられたのが二十分前。
 そもそもそれらの数字は彼女が日々きちんとデータ入力をしていれば、問題なくPCで閲覧できたはずである。
 だが緊急性がないと嘯き、散々後回しにした結果、流石にこれ以上放置できなくなったようだ。
 とは言え、本来なら当人が責任を果たすべきなのだが、どういうわけか希実が尻拭いに駆り出されている状況だった。
 さも当たり前のように『それじゃ佐藤さん、手が空いているなら地下倉庫からこの年度の資料を持ってきて』と命令――もとい、お願いされてしまったのである。

 ――ちゃんと断れない私も悪いんだけど……
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