契約結婚か   またの名を脅迫

契約成立

 あり得ない。
 考えるまでもなくお断り一択である。
 東雲が倉庫を去り、しばらく経ってから自分の席へ戻った希実は、どうやって彼の提案を蹴ろうかで頭がいっぱいだった。
 その様は、傍から見て鬼気迫るものがあったらしい。
 一つ幸運だったのは、おかげで不完全な資料を渡しても花蓮が文句を言わなかったことだ。
 いつもならオドオドしている希実が、明らかに普段と違う様子で怯んだのか。それとも彼女自身、昼間東雲に言われたことが尾を引いていたのかは謎である。
 希実には、花蓮を気遣う余裕もなかったのだから。

 ――契約結婚なんて絶対に無理。つまり偽装。誰かを騙すってことよね? 人として駄目でしょう。嘘は苦手だし、私への影響を最小限にすると言っても、戸籍が関わってくるのよ? 親や周囲へどう言い訳するの。

 到底現実的ではない。
 人生をかけた茶番なんて、希実には荷が重すぎた。確実にどこかでぼろが出る。
 いくら破格の報酬を提示されても、心を揺らがせる気は毛頭なかった。
 だが問題は断固拒否した場合だ。
 東雲の力で会社を追われるか、飯尾からの嫌がらせに見舞われるか。どちらにしても暗澹たる未来が待ち受けていた。

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