曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜

第六話 港が見えるベンチにて(1)

「ハラスメントと取られたら、申し訳ないけど。……もしかしたら縮こまっていた理由は、背の高さだけじゃないのかな」

 理人は慎重に訊ねたが、希空は咄嗟に胸を隠してしまう。
 俯いてしまった彼女を、理人は急かしはしなかった。

 やがて、希空はぽつりぽつりと語りはじめる。

「……子供の頃から胸が大きくて」

 小学校五年生の時には、すでに大人用のブラジャーでないと収まらなかった。

「友達は可愛いブラをしているのに、着替える時が嫌で」
 体育の時、修学旅行の時。隠れるように着替えてた。

「男の人は、私のことをまず顔ではなく胸を見ました」

 前の会社の制服では、Fカップの豊かな胸はボタンが弾けそうだった。
 嫌だからやめてくれと言えば、キョトンとした顔をされるのが常だった。
『胸が大きいって褒めてるだけなのに、どうして嫌がるの?』

「仲のいい友達に相談したら『小さくて悩んでるのに贅沢!』と言われて……」

 肩を抱かれたので、希空は勇気を出して理人の肩に頭を預ける。
 無理に首を傾げなくていいのが、こんなに楽だとは。

「俺の希空をそんな風に見た野郎どもは殴ってやりたい」
 
 怒ってくれる彼に、過去の自分まで慰められた。

「俺もね、胸囲が大きいのが悩みだったから、希空の気持ちはわかる気がするよ」
 
 意外なことを言われたので、希空は顔を上げた。

「子供の頃、小児喘息でね」

 とたん、自分でも顔色が変わるのをわかってしまうくらい、動揺した。
 理人がすぐに気がつく。

「心配させてすまない。今は完治してるから大丈夫」

 安心させるように笑みを向けてくれる。
 希空はほうっと息を大きく吐き出した。
 理人が穏やかな表情で続ける。

「走り回りたいのに息が苦しくて。親から『動きたいなら』と勧められて、水泳をやり始めた」

 高校まで競泳部、大学ではライフセービング部に属していたという。

「いざ、就活になったらさ」

 声を落としてヒソヒソ声になったので、思わず希空は耳を寄せてしまう。

「吊るしのスーツがぱんぱんだった」

 ワイシャツは首まわりから胸までボタンが閉まらなかったと。

「胸囲に合わせたら、腕の長さはともかく肩もウエストもだぼだぼでね」

 大学生なのに、慌ててオーダースーツを仕立てることになってしまったらしい。

「……だから、女性でも同性でも『胸が大きくて着る服がない』って言ってるのを見ると、『同志!』って思う」

 納得した。
 思い返せば、選んでくれたワンピースは、どれも胸を綺麗に見せつつ、肩やウエストなどがブカブカにならないようなデザインだった。
 彼のさりげない思いやりに、ジンとくる。

 理人は優しい瞳で希空を見つめてくれる。
 
「靴も服も、希空の顔が輝いたから買ったんだよ」
「……私……」

 無意識にうつむく。
 頬に手を添えられた、と思ったら理人の方に顔を向けられた。

「一人だと勇気が出ないのなら、俺の隣にいればいい。いつだって、どこでだって俺は希空が輝けるように手伝う」

 同じコンプレックスを見抜いて手を差し伸べてくれただけなのに、勘違いしたくなる。

「……どうして。そんなこと、簡単に言っちゃうんですか」

 非難する希空に対して、理人は冷静だった。

「簡単じゃないよ。希空を好きなことを自覚して。言い出すまでに、こんなに時間をかけた」

「え?」

 希空が呆然としていると、理人が苦笑した。

「ありえないって顔してる。パイロットだって普通の男だよ?」
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