曇りのち晴れ、SWAN航空幸せ行き〜奥様はエリートパイロットともう一度愛しあう〜
第五章 暗雲が愛を隠す

第一話 ——理人SIDE ——

 翌年の二月十日。
 二十一時福岡発、東京行SWAN一三三二便。

 久しぶりに理人とミカは同じ飛行機となった。
 今回は副操縦士とスタンバイのメンバーにもインフルエンザの罹患者が出ての、急遽である。

「なあ、理人。俺の最近のフライト、希空のプッシュがないんだけど?」
「ああ」

 ミカの不思議そうな声に、理人も不機嫌に返事をした。

「もしかして、お前がヤキモチ妬いてローテーション外してもらってんの? やめてくれよ、彼女は全パイロットの『空の女神』だぞ」

 ミカが軽口を叩くと、理人がギロリと睨んだ。

 ……あの飲み会以来、『雲晴希空は女性だ』という事実がライン整備班から発して、あっというまにSWAN内に広まった。
 以来、一部の男達が、希空に『空の女神』と仰々しい渾名を奉っているらしい。

「人の恋人を神社のお守り扱いするな」

 理人がますますブスッとした声で言えば、ミカは陽気な声を出して反論する。

「いいじゃん、それくらい。誰も殺気だつお前から奪ろうなんてしてないんだからさー」

 ……実は希空の噂が出るたびに理人が睨むものだから、CAやGSが理人と希空のことを勘づく前から、パイロットや整備班には『雲晴希空は一柳理人が狙っている』という評判がそうそうに広まっていた。 

 男達にとって、理人とミカは『早く一人のオンナに絞ってほしいオトコ』ランキング一位と二位。
独身女子が一人いなくなるのは痛いが、ライバル男が一人いなくなるので大歓迎されたのである。

「確かに俺は、彼女の周りの男達に嫉妬している。心が狭い恋人という自覚はあるが、彼女のやり甲斐を奪ったりしない」

 彼女へそれとなく聞きだしたところによると、希空は給水サービスであるとか、乗客に抵触しない仕事のローテーションに入っているらしい。

 理人の説明に、ミカは大きなため息をこぼした。

「そうかぁ。オールラウンダーのほうが欠員が出た時にカバーしやすいものな。でも彼女のプッシュ最高なのになぁ」
「ああ」

 所詮は互いにサラリーマン。会社の意図に従わない、というわけにはいかない。

「彼女の加わっているチームが、乗っているシップの担当になってくれたこともあるんだが」  
          
 たった一回、希空がマーシャルをしてくれた時があった。
 最近の仕事中の、唯一の慰めである。


 二十二時三十五分、定刻通りに空港へ着陸した。
 飛行機から降りて色々な手続きを終え、ミカとのデブリーフィングが終わるや否や、理人は早速希空にメッセージを送った。

『お疲れ様でした!』
 わんこが花束を抱えて、くるくると回ってる動画スタンプが送られてきた。
 携帯画面を見ている男の顔が和む。

「確か、今日の希空は早番だったはず」

 明日、自分は休みで彼女は中番だ。

「希空を抱き潰さなければ、問題ないだろう……多分」

 問題は自分が彼女に対しての欲を抑えられるかだ、と考えながら希空に電話をしてみたら、数コールのうちに出てくれた。
 起きて待ってくれていたのだと思うと、いじらしくてすぐに抱きしめたくなる。

「今から帰る」
『はい! お待ちしています』

 弾んだ声でYESをくれた恋人に、理人も柄にもなく心がウキウキした。
 そこへ。

「一柳さん」

 クルーから声がかかった。
 お疲れ様、と理人からも挨拶をする。

「フライト、お疲れさまでした。明日は休みだから、これから飲みに行きませんか? 空港近辺ならまだ開いているお店、ありますよ」

 数人の女性がワクワクしながら理人の返事を待っている。

「悪い、今日はまっすぐ帰らせてもらうよ」

 これで美味しいものでも食べてと一万円札を渡して理人は足早にその場を立ち去った。

 ……理人は希空のことを気にしているあまり、彼の背中を憎々しげに睨んでいる女性達の視線に気づかなかった。



 ベリが丘駅に到着した。
 改札口を出たら逸る気持ちが出てしまい、二人で住んでいるマンションまで、つい早足になる。

 エレベーターを出て、ほぼ二・三歩で我が家の玄関についた。
 ドアを開錠しようとしたタイミングで、ドアが開かれる。
 理人はするりとドアの隙間から身を滑らせると、希空を抱きしめた。

「こら」

 彼女の髪に顔を埋めながらお小言を言う。

「俺かどうか確認する前にドアを開けるな。危ないだろ」

「理人さん、ちっとも怒ってないから怖くないですー」

 希空はぎゅううとしがみつきながら、嬉しそうに返事をする。

「インターフォン、ずっとアクティブにしてたんです。エレベーターが開いて早歩きの音が聞こえましたもん。ちゃんと確認しました!」

 くふふ、と笑う希空を、もうこれ以上我慢できなくて理人は彼女を持ち上げた。

「希空、ただいま」

「理人さん、お帰りなさい」

 二人はキスを交わしながら、寝室へ歩いていく。
 どさりと彼女を下ろすと、忙しなく希空のパジャマを脱がし始める。

「……待って……」

「待たない」

 パジャマの前をはだけると、理人はフルンと揺れる胸にキスをしていく。
 片手で希空の両手を彼女の頭の上で拘束し、片方の手で彼女のズボンの中に手をいれて性急に希空を高める。

「ぁん」

 希空の感じている声を聞きながら理人はキスを徐々に下ろしていき、彼女の秘密の谷を暴く。

 可愛がってやると、いい声で鳴く。
 存分に果てを見させてから、欲しがって鳴いてくれる希空に、己を与えた。
 欲しがって奪って与えられて、夜明け近くまで二人は睦みあった。

 翌朝……とはいいにくい、そろそろ十時になろうかと言う時間。
 ようやく二人は互いの腕の中で目が覚めた。

「おはよう」

「おはようございます」

 挨拶のキス。

 希空と一緒に起き出して、朝食を食べる。

「皿は洗っておくよ」

「ありがとうございます。じゃあ、行ってきますね」

「希空」

 部屋の外に出ようとした彼女の腕を、とっさに捕まえる。

「理人さん?」

 彼女は不思議そうに振り返った。

「どうしたんですか」

「大丈夫か」

 希空の瞳が揺れたのを、理人は見逃さなかった。

「……だいじょぶ、です」

 希空はぎごちなく笑うと出勤していった。

 残された理人は、彼女の元気がないのが気になった。

「問い詰めてみるか」

 希空は明日休みで自分は早番だが、問題ない。逆算してタクシーを予約しておく。

「制服の上着や制帽は会社のロッカー室に置いてきたし、替えのワイシャツやネクタイもある」

 クローゼットの中を見れば、ワイシャツはクリーニングされており、ズボンは希空がハンガーにかけてくれていた。

 ……いつのまにか、家にズボンプレッサーが置いてあった。
 彼女の気遣いに、見るたび心がじんわりと暖かくなる。

「靴は今のうちに磨いておくか」
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