プラトニックな事実婚から始めませんか?
 だから、あのメッセージも、部下からにしてはなれなれしいと気づいていたのに、その違和感を見て見ぬふりをした。まさか、ホワイトデーに不倫相手が職場に押しかけてくるとも知らずに。

 あのときのことを思い出すと、今でも動悸がする。夫の不倫という現実を、不意打ちで目の前に突きつけられたのだ。忘れられるはずがない。それでも、この一年で、少しは忘れられたと思っていたのに。

 私はゆっくりと息を吐き、呼吸を整える。自分の機嫌は自分で取らないといけない。ようやく落ち着くと、勇気を出して封筒を慎重に開く。

 そこには、たった2行の文章が並んでいた。


 私、見てますよ。
 絶対、許しませんから。


 狂気を帯びたかわいらしい丸文字にゾッとし、思わず、振り返る。目の前に広がる光景には、真っ暗な夜空と街灯のあかりがあるだけ。しかし、闇の中から視線を向けられているような気がして身震いする。

 なぜ、私があの子に恨まれなきゃいけないのか。憎むのは、幸せな家庭を壊された、私の方なのに。

 私は離婚後、将司から離れたい一心で、異動願いを出し、東京から地元、一見(いちみ)市へ帰ってきた。元夫の不倫相手、吉川綾(よしかわあや)もまた、ここへ来ているのだろうか。

 エントランスを出ると、アパートの住人とすれ違った。綾の姿は見つけられない。ホッと息をついて、封筒をバッグにしまうと、いつのまにか、スマホに届いていたメールに気づく。


 祥子、ごめん。
 体調悪くて行けない。
 啓介(けいすけ)はもう店に着いたって。


 これから会う約束をしていた、親友の芹奈(せりな)からのメールだった。すぐに、元気になったらまた会おう、と返信すると、啓介の待つレストランへと急いだ。
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