プラトニックな事実婚から始めませんか?
「一年前に祥子がこっちに帰ってくるって芹奈から聞いて、会わせてほしいって頼んだのは、俺。再会してみて、やっぱり祥子が好きだって思った」

 胸がドクンと音を立てる。

 うれしいのかなんなのかわからない。将司に傷つけられてから、苦しみや恐怖で胸が張り裂けることばかりで、誰かに好意を見せられて高鳴る胸との違いがわからなくなってしまっている。

「啓介……、ごめん。そういう話は私……」
「迷惑?」
「……迷惑っていうか」

 迷惑じゃない。それははっきりとわかる。だけど、喜んでいいとも思えない。

「俺、祥子と付き合いたい。絶対、つらい思いさせない自信があるから」

 絶対なんてあるのだろうか。

 真剣に告白してくれているのに、そんなふうにしか受け取れない自分に途方にくれる。

 まぶたを伏せると、伸びてくる手が視界に入ってくる。その指先が、ほんの少し指先に触れてハッとする。

 急に現実に引き戻されて、めまいを覚える。

 綾がどこからか見ているかもしれない。

 消印のない手紙。あれは、彼女が直接ポストへ投函した証拠。見ている、と宣戦布告してきた彼女が、見ていない確証はない。

 啓介を巻き込みたくない。とっさにそう思って、サッと身を引く。

 もう遅いかもしれない。綾が見ていたら、私たちを特別な関係だって思ったかもしれない。でも、啓介にどう話せばいいかも思いつかない。

 傷ついた表情の彼に何も言えず、私はエントランスに逃げ込んだ。
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