【マンガシナリオ】私のイチバンボシ
第十四話 推しとスキャンダル
○陽斗のマンション・寝室(朝)
スマホのアラームが鳴り、カーテンが自動で開く。
窓から差し込む外の光が陽斗の顔に当たる。
陽斗、眩しそうな顔で少し目を開けて大きく伸びをする。
陽斗「くぅぅっ……!」
陽斗、のそのそ起き上がり、ベッドサイドの眼鏡をかけて部屋を出る。
○同・キッチン(朝)
陽斗、目が覚めてきた顔で冷蔵庫を開ける。
中は調味料、ペットボトルの水、酒しか入っていない。
陽斗「……」
陽斗、水を取って扉を閉める。
スマホにメッセージ通知。
画面には〈雄大:おはようございます。おにぎりか何か買っていきましょうか?〉
陽斗「(くしゃっと笑って)エスパーかよ」
〈陽斗:ツナマヨよろしく!〉
と、返信。
佐藤から了解のスタンプ。
陽斗、シェイカーにプロテインの粉と水を入れて振りながらリビングへ。
○同・リビング(朝)
陽斗、椅子に座ってプロテインを飲みながら台本をめくる。
スマホのアラームが鳴る。
画面は9:50の表示。
陽斗「やばっ!」
と、慌てて身支度する。
○同・エレベーター前(朝)
陽斗、エレベーターが来るのを待っている。
佐藤からメッセージがくる。
〈雄大:記者っぽい人がいます。すぐ乗り込んでください〉
陽斗「(苦笑して)もう家バレてんだ」
陽斗、【了解】のスタンプを送る。
○同・車寄せ~車内(朝)
陽斗、エントランスを出て足早に車に近づく。
カメラを持った記者が寄って来る。
記者「田中さんですよね。ちょっと山口さんとのお話聞かせてもらっていいですか?」
陽斗「すいません、急いでるので」
と、無理やり後部座席に乗り込む。
佐藤「出します!」
と、アクセルを踏む。
○道路・車内(朝)
佐藤、運転しながら、
佐藤「すみません。場所変えようかと思ったんですけど、逆に早く乗り込んだ方がいいかと思って」
陽斗「ううん大丈夫。ありがと」
佐藤「山口さんがなんとかって言ってましたよね?」
陽斗「うん。なんでだろ……」
佐藤、神妙な顔をする。
佐藤「あ、そこにツナマヨあります」
陽斗の隣にビニール袋。
陽斗「ありがと」
陽斗、袋からおにぎりを出しで食べる。
○宮本家・えまの部屋(朝)
えま「んっ……」
えま、目を覚まして枕元のスマホを見る。
画面は5:30の表示。
えま「まだ30分もあるじゃん……」
えま、ごろんと反対を向いてSNSを開く。
えま「(画面を見て)えっ、なになになに⁉︎」
と、驚いて飛び起きる。
画面には【ちょっと大きい】と書かれた美玲の投稿。
サイズが合っていない指輪をした美玲の手とテレビの画面、美玲の部屋着と色違いを着た男性の足元が見切れている。
えま、真剣な顔でSNSの投稿を見ていく。美玲の投稿のスクリーンショットに矢印で添削のように書き込みされた写真の投稿。
実際の写真と比較されている。
【指輪:陽斗くんが動画でつけてた。メンズサイズ展開のみ】
【部屋着:某有名部屋着ブランド。隣の男?と色違い】
【テレビ:陽斗くんのドラマ最終回】
ファンによる悲鳴のコメントが続く。
【うわ無理、朝からしんどすぎる】
【恋愛するなとは言わないけど匂わせとかする女選ぶのはがっかり】
【ねぇ、これまさか同棲とか言わないよね?】
えま、自分に言い聞かせるように、
えま「……いや、たまたまでしょ。たまたま……」
と、落ち着かない様子。
○同・洗面所(朝)
えま、ボーっとしながら顔を洗う。
歯磨き粉を手のひらに出し、顔に塗り込む。
えま、鏡に映った自分の顔を見る。
歯磨き粉だと気づいていない。
えま「はぁ……」
と、水で洗い流す。
○同・リビングダイニング(朝)
えま、テーブルでパンを食べながらずっとスマホを見ている。
美香「ちょっとー。ご飯中くらいやめなさい! のんびり食べてたら学校遅れるわよ」
えま、スマホで時間を見る。7:15の表示。
えま「やばい!」
と、食パンを口に詰め込む。
○えまの高校・教室(朝)
「おはよー」と言いながら生徒が登校してくる。
桃香、すでに席に座っている。
扉から入って来たえまに手を振る。
えま、力なく手を振って自分の席に座る。
桃香、心配な顔でえまに近づく。
桃香「おはよ! どうした? なんか元気ないけど……」
えま「ちょっと朝から悶々としちゃって……」
えま、桃香に美玲の投稿を見せる。
桃香、眉をしかめる。
桃香「この山口美玲って何者なの? 私聞いたことないんだけど……」
えま「元々モデルで女優もやってるんだけど。ユニクラがデビューする前に陽斗くんとカップル役で共演したの。その時から付き合ってるんじゃないかーってファンが勝手に妄想したりはしてたんだけど、こういうの出るのは初めてで……」
桃香「この人が勝手に匂わせてるだけじゃないの?」
えま「そう思いたいんだけどさ! でもこの間他のグループの人のことで匂わせてたモデルがいて、超炎上したんだけど。結局その2人は本当に付き合ってたみたいなの。だから、匂わせるからには何かあるのかな、って……」
えま、俯く。
桃香「もう田中さんに直接聞いちゃえば? えまはそれができちゃう超ラッキーなオタクなんだから」
えま「『山口さんが陽斗くんのこと匂わせてるけど付き合ってるんですか?』って? ムリムリヤバすぎるでしょ私!」
と、顔の前で手を振る。
谷口が教室に入って来る。
谷口「ホームルーム始めるぞー座れー」
桃香「今日はもう電源切りな! これ以上SNS見るとますます萎えるよ!」
と、言い残して席に戻る。
えま、大きくため息をついてスマホの電源を切る。
○テレビ局・控室(朝)
佐藤「陽斗さん一応報告なんですけど、今SNSでこれが広がってて……さっき記者に聞かれたのってこれがあったからかもしれないです」
佐藤、美玲の投稿を見せる。
陽斗「山口さんのSNS? これがどうしたの?」
佐藤「この見切れてる人が陽斗さんなんじゃないかって騒がれてるんです」
陽斗「いや、まさか! なんでそんな話になってんだ(失笑)」
佐藤「この指輪が陽斗さんがつけてるやつと同じだとか、このテレビに映ってるのが陽斗さんのドラマの最終回ってところでそういう話になったみたいです」
陽斗「うっわほんとだ! 気づいた人すごいな」
佐藤「じゃあこれは別に陽斗さんじゃないんですね」
と、肩の力が抜ける。
陽斗「(真面目な顔で)うん。マジで違う!」
佐藤「一応チーフにも報告してます。特に事務所から何か言ったりはしないですけど」
陽斗「なんかお騒がせして申し訳ない……」
佐藤「別に陽斗さんは何もしてないじゃないですか」
陽斗「でも、たまたまだと思うけどね」
佐藤「(明るく)ですよね!」
○同・廊下~スタジオ(朝)
陽斗、控室を出ると悠真が立っている。
悠真「おはよ!」
陽斗「おはよー」
2人、歩き出す。
悠真「はるピー朝から超燃えてたねぇ」
陽斗「さっき雄大から聞いた」
悠真「(イジるように)あの隣で見切れてたのってマジではるピー?」
陽斗「んなわけないだろ!」
悠真「ごめん、冗談。でもあれ本当にワンチャンわざと匂わせてる説あるよ」
陽斗「なんでだよ。たまたまだろ」
悠真、そうは思っていない様子。
陽斗「……ん?」
悠真「(首を横に振って)いや別に。それより、えまちゃんに連絡した?」
陽斗「え?」
悠真「騒がれてるやつは俺じゃないよって」
陽斗「それ自意識過剰すぎだろ俺。えまが全然気にしてなかったら恥ずかしいやつじゃん」
悠真「ふはは。確かに」
陽斗「それにえまは多分『これは違う』って切り替えてそうな気がする」
悠真「(ニヤニヤして)なるほど。自信あるわけだ」
陽斗「(照れ臭そうに)自信とかじゃないけど……」
2人、スタジオに入る。
○カフェ・店内(夕方)
えま「んー美味しい!」
桃香、美味しそうにスイーツを食べるえまを見ながら、
桃香「えまのそういう切り替え早いところ、私すごく好き」
えま「桃香に言われて1日スマホの電源切ってたからちょっとメンタル回復した! やっぱデジタルデトックス? 大事だね」
桃香「そうそう。SNSはただの憶測がいつの間にか事実みたいに流れることとかあるし、ネガティブなことも多いし、見すぎは禁物だよね。自衛していかないと」
えま「なんか今回も、陽斗くんは何も悪くないのに陽斗くんの悪口言ってる人いるし。山口さんの誹謗中傷もすごいし。事実関係分かんないのに、それは違うでしょって感じ。見ててすごい疲れる」
桃香「情報開示請求とかされたら丸裸なのにね。みんなアホだなぁ」
えま「陽斗くんに酷いこと言ってる人みんなそれしてほしい! パパに頼もうかな……」
桃香「本当に酷いやつは事務所も対処するよ。今そういうの問題になってるし」
えま「そうだよね」
○事務所・会議室(夕方)
事務所幹部の話し合い。
宮本はリモートで参加。
後藤「今ネットで炎上している山口さんの投稿の件ですが、一応マネージャーに確認させて、田中は一切関係ないとのことでした」
二宮、タブレットを見ながら、
二宮「彼女だけじゃなくて田中に対する誹謗中傷も目立ってるなぁ」
宮本(画面)「それ全部残しとけよ! うちは徹底的にやるからな!」
弁護士「ではそれを私の方に共有していただけると助かります」
二宮「分かりました」
宮本(画面)「先生、よろしくね」
弁護士「朝飯前ですよ」
後藤「今朝早速週刊誌の記者に当たられたみたいなので、近々記事も出るかもしれません」
二宮「しばらくかかりそうだな。マネジメント部全体に情報共有頼んだぞ」
後藤「分かりました」
○リムジン・車内(夕方)
宮本、後部座席でスマホの画面を見つめる。
ロック画面には宮本が幼いえまを肩車している写真。
宮本「大丈夫かな……」
○宮本家・リビングダイニング(夜)
えま、ソファに座ってテレビを見ながら笑っている。
宮本が帰って来る。
宮本「ただいまー」
美香、洗い物をしながら、
美香「おかえりなさい」
えま「(チラッと見て)……おかえりー」
と、テレビに視線を戻す。
宮本、えまを見つめる。
えま、視線を感じて徹の方を向く。
えま「(怪訝な顔で)……なに?」
宮本「いや。思ってたより普通だから安心した。もっと発狂してるかと思って。陽斗のこと……」
えま「あぁ……あれね。あんなの信じないから~! どうせ山口さんの匂わせだもん」
と、テレビに視線を戻す。
美香、宮本の肩をトントンとして耳打ちする。
美香「(小声で)朝はもうずっとスマホ見て落ち込んでたんだけどね」
宮本「(小声で)陽斗にも確認して、無関係だと。あとはこのまま落ち着くのを見守るだけだ」
美香「そう。良かった」
と、安心する。
○同・えまの部屋(朝)
えま、SNSを見る。
【山口美玲熱愛】というワードがトレンドに入っている。
えま「まだこんなのトレンド入りしてたんだぁ。みんな暇だねぇ」
えま、呆れながら内容を見る。
段々顔が強張っていく。
【山口美玲 深夜のお泊りデート♡お相手は某アイドル似の高身長イケメン】という週刊誌のネット記事。
タクシーを降りた美玲と男性がマンションに入って行く写真。
もう1枚は陽斗が記者に突撃されているもの。
どちらもマンションのエントランスが同じ。
【順風満帆 田中陽斗の知られざるプライベート】という見出し。
【我々は自宅を出て来た田中陽斗に突撃した】
以下、記事の内容。
【記者「田中さんですよね。ちょっと山口さんとのお話聞かせてもらっていいですか?」
田中「すいません、急いでるので」
そう言って田中は事務所の車に乗り込んで仕事へ向かった。後日事務所に問い合わせを行ったが、期日までに回答はなかった。
「田中さん最近すごく雰囲気が変わったんですよ。謙虚で控えめな方でしたが、自分の魅せ方が掴めてきたのか、特に芝居の方で急成長してますよね。プライベートが充実してるならそれも納得です」(芸能関係者)】、と。
えま、スマホの画面を伏せて深呼吸する。
改めてSNSを見る。
以下、ファンの投稿。
【信じたくないけど、この家のエントランスって一緒だよね……】
【山口美玲と写ってる写真は後ろ姿だし、陽斗くんか分かんないって思ったけど、これはもう……】
【陽斗くんの身長:180cm 山口の身長:170cm この身長差は全然あり得る。死にたい……】
【たまたま同じ家でしたとか言うの? ファン舐めんな】
【ここまで大事になったんだから事務所もなんか言ってほしい】
【陽斗くんが夜会で答えてた好きな異性の質問に山口美玲が当てはまり過ぎててこれはもう確定。(箇条書きで)・透明感ある化粧・黒髪セミロング毛先ゆるパーマ・自分の出演ドラマチェック】
えま、顔色が悪くなる。
○事務所・会議室
二宮、後藤、佐藤がミーティング。
後藤「記事が出るのは分かってたけど、なんだよこの隣の写真は!」
佐藤「これじゃあ、この写真に写ってる男性が陽斗さんだって言ってるようなもんですよね⁉︎ 違うのに!」
二宮「いちいち騒ぐな。マスコミが煽ってるだけだ。公式コメントは出さずに様子を見る。いいな」
後藤「はい」
佐藤「分かりました」
二宮「記者もしつこくなるだろうし、ユニクラウン全員移動は必ず誰かつけろよ」
後藤「もちろんです」
二宮「じゃあ何かあれば連絡くれ」
と、その場を離れる。
後藤「田中の様子は?」
佐藤「メンバーとかスポンサーに迷惑かけるのが申し訳ないって……あと、ブログでファンにちゃんと説明したいって言ってました」
後藤、ため息をつく。
後藤「悪いがそれは待ってくれ。そもそも、今回田中には何も非がないんだから、アイツが責任を感じることはない。ちゃんとフォローしとけよ」
佐藤「はい!」
と、力強く頷く。
○スタジオ・中
ユニクラウン5人で雑誌の撮影中。
シャッター音が鳴る。
スタッフの指示で表情とポーズを決める。
○同・控室
メイクさんがメンバーのメイクや髪、服装を直して部屋を出ていく。
陽斗、表情が強張っている。
柊也、陽斗をチラッと見て、
柊也「陽斗。顔暗いぞー」
陽斗「!」
翼「もしかして記事のこと気にしてんのかよ。あんなの無視だよ無視!」
陽斗「……俺のせいでみんなにも迷惑かけてるかも……本当にごめん」
と、より顔が暗くなる。
凛太郎「はるピーが謝ることは何もないじゃん!」
悠真「そうそう。こういうのは俺らのイジられてるくらいがちょうどいいでしょ?」
メンバー、笑顔で陽斗を見る。
陽斗「みんな……」
翼「てか陽斗さ。週刊誌撮られたの初めてだろ? 良かったじゃん! 童貞卒業おめでと!」
と、陽斗の背中を叩く。
柊也「だから翼は声デカいって」
と、笑いながらつばさを叩く。
悠真、爆笑する。
ドアのノック音がしてドアが開く。
スタッフ「……あの、最後にお1人ずつお願いします……」
スタッフ、気まずそうに呼びに来る。
陽斗、苦い顔をする。
凛太郎「もしかして、今の聞こえちゃってました?」
スタッフ「(苦笑して)いや……あの、はい」
凛太郎「(ふざけながら)違うんです! はるピー大昔に童貞は卒業してます。誤解しないであげてください!」
翼「(ノって)それもそれでなんかおかしいだろ! 童貞だっていいわ!」
悠真「(ノって)そうだよ凛。ユニクラはみんな童貞アイドルできてたんだから」
柊也、手に負えないという顔をして目元を手で押さえる。
口元は笑っている。
陽斗「……分かったから、俺が悪かった! お願いだから柊也以外黙って。みんなが聞いてるから!」
ドアの前にはスタッフが集まって楽しそうだなとユニクラウンを見ている。
陽斗、少し表情が明るくなる。
翼、悠真、凛太郎、ニヤニヤしながら指でバツをつくって自分の唇に当てる。
○高校・教室
昼休みが始まった教室。
生徒が机を合わせて弁当を食べ始める。
えま、机に突っ伏したまま動かない。
桃香「えま。購買行くけどなんか買ってこようか?」
えま、突っ伏したまま首を横に振る。
えま「……大丈夫。ありがとう」
桃香、心配そうな顔をする。
男子、不思議そうな顔で寄って来る。
男子「宮本どうしたの。なんかあったん? 小林もなんか朝からずっとあんなだし」
男子が指さす方向にえまと同じように机に突っ伏す紗耶香。
桃香、声のトーンを落として男子に説明する。
桃香「えまの推しに熱愛報道が出て。それでちょっと……いいからそっとしておいてあげて」
男子「ふーん。ていうかアイドルも恋愛ぐらいするだろ。別に犯罪じゃないんだから大目に見てやれよ」
と、普通のトーンで。
桃香、「しっ!」っと口に指を当てて男子を睨む。
男子「……」
桃香「……確かにアイドルだって恋愛は自由だよ、そんなこと分かってる! でも私たちオタクはそう簡単に割り切れないの。相手の女に対して『なんでわざわざ匂わせなんてするかなぁ』ってイライラしたり、推しに対して『なんでこんな女選んだの?』って思っちゃってそんな自分にモヤモヤしたり。この歌歌ってる時、この質問答えてる時、あの女のこと考えてるのかなとか思ったらもうメンタルえぐられる。それがオタクなの。めんどくさいって思うかもしれないけど、こっちはどうにか自分でこの感情を処理しようと頑張ってるの! だからそっとしといて! 分かった?」
男子、桃香の勢いに押される。
男子「(やべぇ……)」
桃香「いいから、行くよ!」
男子「おい、押すなって」
桃香、男子の背中を押して教室を出ていく。
えま、動かない。
えま「(あー無理だ無理だ。メンタル死ぬ。事務所が何も言わないのはきっとあれが本当にたまたまで、陽斗くんと山口さんは何もないからなんだと思いたい。でも、火のないところに煙は立たないって言うし、もしかするとあの記事は事実で、写真で隣にいた人も陽斗くんなら……今はその対応に追われて何も言ってないだけかもしれない。あの2人、いつから付き合ってたんだろう。お似合いだもんなぁ。私は本当にただ妹みたいに可愛がってもらってただけなのに……特別なのかもとか勘違いしてほんとバカ。陽斗くん前に雑誌で年上好きって言ってたし、山口さん全部当てはまってるじゃん)」
えま、俯いたまま立ち上がり教室を出ていく。
○同・屋上
えま、柵に寄りかかってボーっと景色を眺める。
扉が開き、真斗が入って来る。
えま、気付いていない。
真斗、えまの背中を見て、
真斗「えま……?」
えま、ビクッと反応する。
俯いたまま足早に真斗の横を通り過ぎようとする。
真斗、えまを行かせないように立ち塞がる。
えま、立ち止まる。
えま「……(か細い声で)通してください」
真斗「いいよ、俺が出ていくから。先にいたのはえまだし」
えま「……」
真斗「一応聞くけど、飛び降りよう……とかは考えてないよね?」
えま、顔を上げる。
えま「……え? あ、あぁ……さすがにそこまでは……」
えま、生気の抜けた顔。
真斗「……何か俺にできることある?」
えま、真斗を見て警戒する。
真斗「なんて、こんなこと言う資格ないのは分かってるんだけど……でも、どうでもいい奴にしか話せないこととかもあるじゃん?」
えま「……」
真斗「……文化祭の時の彼氏となんかあった……?」
えま「(気まずそうに)……あの人は彼氏なんかじゃないです」
真斗「……でも、キスしてたよね?」
えま「(自嘲するように)あれは、カッコいい彼氏を連れて先輩を見返したいって話したら、フリをしてくれただけなので……」
えま「(あぁ……何ペラペラ話しちゃってるんだろう私。先輩絶対引いてるよ……)」
と、地面を見つめる。
真斗「……そうだったんだ」
真斗、俯くえまを見つめる。
真斗「でもそうやって思いつめるくらい、そいつのこと好きなんだね」
えま、真斗の顔を見る。
真斗「えまの顔見れば分かるよ」
えま「……私なんかじゃ全然釣り合わないんです……宇宙レベルの存在なので」
真斗「(ふざけて)もしかして、宇宙人なの? あの彼氏」
えま、宇宙人の恰好をした陽斗を思い浮かべてクスっと笑う。
真斗、えまの笑顔を見てホッとする。
真斗「えまの気持ちは? ちゃんと伝えた?」
えま「まさか! 言いません! 言えません!」
真斗「俺に告ってくれた時の勢いはどうしたんだよ! (笑いながら)それとも、俺は宇宙人じゃないから言えた?」
えま「あれはあれ、これはこれです……!」
と、モゴモゴ答える。
真斗、申し訳なさそうな顔をする。
真斗「えま……あの時は本当にごめん。俺、調子に乗ってた」
と、えまに頭を下げる。
えま、なんて言えばいいか分からない顔。
真斗「(顔を上げて)ちゃんと顔見て謝りたかったんだ。こんな時間かかっちゃったたけど」
えま「……」
真斗、扉を開けて、
真斗「じゃーな! 健闘を祈る!」
と、屋上を出る。
えま「……!」
えま、何かを言いかけて閉まった扉を見つめる。
○同・階段
真斗、階段を下りている。
屋上の扉が開いてえまが階段下を覗き込む。
えま「先輩ッ!」
真斗、足を止めて顔を上げる。
えま「あの……受験、頑張ってください!」
えま、ニコッと笑ってグッドマークをする。
真斗「サンキュー!」
と、階段を下りていく。
えま、スッキリした顔。
○ミラベル・バックヤード(夕方)
えま「お疲れ様です」
勇輝「……おーお疲れ」
えま、鏡の前で髪を結んでいると鏡越しに勇輝と目が合う。
えま「……なに?」
勇輝「いや……ネットで見たからさ。えま大丈夫かなって……」
えま「あぁ……うん。確かに学校ではね、もメンタル死んでた! でもね、ちょっとだけ回復したの! だから大丈夫! ありがと!」
えま、ピースする。
勇輝「……そっか」
えま「いっそのこと、やっぱ本人に確かめちゃおっかなぁ~なんて」
と、独り言。
勇輝「(笑いながら)アイドルにどうやって聞くんだよ」
えま「あ……確かにー! そうだよね、確かめようがないよね!」
と、誤魔化す。
ポケットの中のえまのスマホが震える。
画面に【新着メッセージがあります】
○同・バックヤード(夜)
えま、ロッカーを開けてエプロンを脱ぐ。
ポケットからスマホを取り出す。
えま「⁉︎」
陽斗からメッセージがきている。
既読にしないように内容を確認。
〈陽斗:久しぶり。元気?〉
〈陽斗:なんか最近お騒がせしてます……〉
〈陽斗:今日電話とかできたりする?〉
〈陽斗:自分の口からちゃんと伝えたくて〉
えま、急いで帰り支度をする。
○同・外観(夜)
えま、陽斗に返信する。
〈えま:バイト終わったのでいつでも大丈夫です〉
既読はつかない。
えま、スマホを握ったまま歩き出す。
○大通り・歩道(夜)
車が行き交う大通り。
えま、スマホを確認しながら歩いている。
着信音がして画面を確認する。
【陽斗くん】の表示。
えま「(緊張して)……もしもし」
陽斗の声「……もしもし? ごめんねこん時間に。バイトお疲れ様。今帰り?」
えま、ホッとして涙がこぼれそうになるのを唇を噛みしめて堪える。
えま「いえ。大丈夫です」
陽斗の声「じゃあちょうど良かった。家に着くまでこのまま話してもいい?」
えま「はい、大丈夫です」
陽斗の声「あの……ネットはもちろん見てるよね……?」
えま「……見ました。山口さんの投稿も、今日の週刊誌の記事も……」
陽斗の声「だよな……そのこと、話してもいい?」
えま「……本当のこと聞けるなら聞きたいですけど、でも知りたくない気もして。ここ最近田中担はみーーんなモヤモヤしてたんですからねっ⁉︎ 陽斗くんは何も悪くないけど!」
陽斗の声「……申し訳ない……でも、ほんとにみんなが思ってるようなことは何もないから! これだけは信じてほしい!」
えま、立ち止まり目を閉じて安堵の表情。
えま「(強がって)もちろん私は分かってましたけどね! きっとそうなんだろうなって。陽斗くんもブログに本当のこと書きたいけど、きっとダメって言われてるんだろうなぁって!」
陽斗の声「(笑いながら)さすがえまだわ。わざわざこんな電話しなくてもお見通しだったか」
えま「……」
えま、立ち止まる。
○テレビ局・控室(夜)
陽斗、椅子に座って電話。
陽斗「えま……?」
えまの声「……ていうのはただの強がりで、本当は頭の中ぐちゃぐちゃでした。陽斗くんの言葉だけを信じたいのに、週刊誌とかに惑わされる自分もいて……ちょっと苦しかったです」
陽斗、言葉に詰まる。
えまの声「でも! 今日こうやって陽斗くんの口から聞けたから、私はもう大丈夫です! 『陽斗くんが違うって言ってたよ』とは言えないけど、『陽斗くんを信じよう!』ってSNSで呟きます!」
陽斗「えま……」
えまの声「だから、ひどいこと言ってるネットの人なんて気にしないでください! 田中担はちゃんと分かってますから! みんな陽斗くんの味方です! だから安心してください!」
陽斗、愛おしそうな顔。
陽斗「……ありがとう。俺、これからも頑張るから」
○宮本家・外観(夜)
えま、マンションの前に着く。
えま「無理だけはしないでくださいね!」
陽斗の声「うん! そろそろ家着いた?」
えま「はい、ちょうど今着きました!」
陽斗の声「そっか。ごめん急に電話して」
えま「いえ! 私の方こそ、陽斗くん忙しいのにこうやって連絡もらえて嬉しかったです。ありがとうございます!」
陽斗の声「じゃあまたね。おやすみ」
えま「はい! おやすみなさい!」
えま、すっかり元気になる。
○テレビ局・控室(夜)
陽斗「(嬉しそうに)俺の方が元気もらっちゃったよ」
と、スマホを見つめる。
○同・控室・外(夜)
柊也、翼、悠真、凛太郎がドアの前で耳を立てている。
翼「なぁ、陽斗なんて言ってる?」
凛太郎「聞こえない……でもさっき笑ってた」
悠真「ちゃんと話せてるみたいだね」
柊也「うん。えまちゃんなら大丈夫だろ」
凛太郎「(ニヤニヤしながら)やっぱさ、はるピーってえまちゃんのこと……そういうことだよね?」
翼「それ以外ないっしょ」
悠真「本人は色々気にしてるのか、頑張って隠してるけどね」
凛太郎「はるピー可愛いとこあるな~」
スタッフが近づいてきて不思議そうに4人を見る。
柊也「あ、時間ですか?」
スタッフ「あ、はい。田中さん中にいらっしゃいますか?」
翼「(ニヤニヤしながら)うん、田中さんは中にいらっしゃるんですけど……」
悠真「終わったかな?」
柊也「仕方ないよ。入るぞ」
凛太郎「ごめんねはるピー!」
と、ドアを開けようとする。
○同・控室(夜)
ドアの外が騒がしい。
陽斗、気になってドアの方へ行き開ける。
外には柊也、翼、悠真、凛太郎、スタッフが立っている。
翼「(下手な芝居で)おぉー陽斗。ちょうど今呼ぼうと思って」
凛太郎「(下手な芝居で)なんかしてた? 大丈夫?」
陽斗、柊也と悠真を見る。
柊也、申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる。
陽斗、状況を察する。
陽斗「(失笑して)で、言い出したのは誰?」
と、柊也から順に見ていく。
柊也「まさか!」
と、隣の悠真を見る。
悠真「違うよ!」
と、隣の凛太郎を見る。
凛太郎「そんなわけないじゃん!」
と、隣の翼を見る。
翼「ほら、正直に言えって」
と、隣のスタッフの肩に手を回す。
スタッフ「え⁉︎ なんの話ですか⁉︎」
5人、フッと吹き出して笑う。
スタッフ「マジで全然分かんないんですけど!」
スタッフもつられて笑う。
○部屋(夜)
電気がついていない部屋。
布団の中でスマホの画面が煌々と光っている。
女子の手がフォルダの写真をスクロールしている。
写真は全て手を繋いで走っているえまと陽斗を写したもの。
どれもブレて顔はハッキリと分からない。
SNSの投稿画面に文字を打ち込む女の手。
【これってユニクラウンの田○陽斗?】
女、写真を付けて投稿ボタンを押す。
閲覧数がどんどん増えていき、コメントが表示されていく。
以下、コメント。
【これどこの学校?】
【この制服は○○高校】
隣の女誰? 学生?】
【妹じゃない?】
【田中に妹いないよ。お姉ちゃん】
【もしかして彼女?】
【田中担生きてる?私は死んでます】
【どう見ても相手高校生で草。田中陽斗終わったな】
○電車・車内(朝)
満員電車。
男子高校生が窓際に立ってSNSを見ている。
画面には【これってユニクラウンの田○陽斗?】という例の投稿。
男子高校生、【女の方絶対ブスじゃんこのレベルでもSSのアイドルと付き合えんだwそれとも田中がB専なだけ?】と投稿。
男子高校生、スマホを仕舞って英単語帳を開く。
○大学・講義室(朝)
学生が「おはよー」と次々と講義室に入って来る。
講義室の端の席で1人俯いて座っている女子大生。
机の下で隠すようにSNSを見ている。
画面には【これってユニクラウンの田○陽斗?】という例の投稿。
女子大生、冷めた目で【陽斗くんの手握ってる隣の女マジ死んでほしい】と投稿。
スクロールして似たような投稿にいいねを押していく。
【隣の女消えて】
【特定屋さんよろしくお願いします】
【みんなで吊るし上げよ】
など、過激な投稿が目立つ。
○オフィス街・歩道(朝)
スーツを着た男女5人が会話しながら歩いている。
集団の一番後ろの男、SNSを見ながら歩いている。
画面には【これってユニクラウンの田○陽斗?】という例の投稿。
男、笑顔で【田中陽斗は女子高生に手を出している犯罪者です】と投稿。
女性の声「ちょっとー! 早くー!」
男「(顔を上げて)ごめんごめん!」
男、スマホを仕舞って集団を追いかける。
○宮本家・えまの部屋(朝)
えま、ベッドから起き上がって大きく伸びをする。
顔がスッキリとしている。
○同・洗面所
えま、洗顔フォームを泡立てて顔を洗い、タオルで顔を拭く。
手のひらに化粧水を出して優しく肌になじませる。
えま「(嬉しそうに)あ! ニキビなくなった!」
えま、鏡に近づいて頬を指で押さえる。
大きく深呼吸してニコッと笑う。
○同・リビングダイニング(朝)
えま、テレビを見ながらトーストを食べている。
カーリー「ワンッワンッ」
カーリー、窓の外に向かって吠える。
えま「んー? どうしたのカーリー。外出たいの?」
カーリー「ワンッ!」
えま「しょうがないなぁ」
えまが窓を開けるとカーリーが嬉しそうに走って行く。
えま、コーヒーとトーストの皿を持って外に出る。
○同・バルコニー(朝)
えま、椅子に座って優雅に朝食を食べる。
× × ×
美香「えま? 随分のんびりしてるけど、時間大丈夫なの?」
美香が声をかけに来る。
えま「え? 今何時⁉︎」
美香「7:20だよ」
えま「ウソ! やばい!」
えま、食パンを口に詰め込んで慌てて中に入る。
カーリーもえまを追いかける。
○同・洗面所(朝)
えま、鼻歌を歌いながら髪の毛をヘアアイロンで巻いている。
○事務所・中(朝)
【SNSマーケティング】のドアプレート。
○同・SNSマーケティング部(朝)
色も形もバラバラのテーブルが散らばっている今どきのオフィス。
それぞれのテーブルに個性が出ている。
太田渉(30)、ジュースとコミック誌を持って部屋に入って来る。
自席に座り、ジュースを飲みながらパソコンに向かう。
テーブルの上には他に漫画とチョコレートの山ができている。
太田「おっと。これはちょっとマズいかな~?」
と、画面に顔を近づける。
画面には【ネット騒然。二股? 未成年淫行? 田中陽斗の真実】というまとめサイトの記事。
太田「ごめん至急部長とユニクラのチーフに連絡とって! 緊急! 最優先!」
社員「はいっ!」
太田「さて、どうしたもんかな……」
○交差点・歩道(朝)
横断歩道で通学や通勤前の人が信号待ちしている。
制服を着た女子高生が会話。
女子1「ねぇ、はるピーのやつ見た?」
女子2「見た見た。でもあれほんとにはるピーなのかな?」
女子1「でも他にもあの文化祭で見たって人いたよ」
女子2「マジ⁉︎ じゃあ手繋いでたの彼女確定じゃん」
女子1「なんか女優とかモデルなら諦めついたけど、同じJKっていうのが……なんかガッカリ」
女子2「どんだけ可愛いんだろうね」
女子高生のスマホには例のツイート。
○事務所・会議室(朝)
関係者が集まって会議。
二宮「朝から電話が鳴りやまず回線はパンク寸前。問い合わせフォームからもメールが絶えません」
宮本、真顔で例の投稿やコメントを見る。
宮本「『隣の女マジ死んでほしい』『田中陽斗は犯罪者』……へぇ~」
二宮「(ヤバい……)」
後藤「(ブチ切れてる……)」
太田「(そりゃそうだ……)」
宮本「先生は?」
二宮「もうすぐ着きます」
宮本「法に触れるような事実は一切なし。でも事務所として指導徹底。HPはこれで更新」
二宮、頷く。
宮本「SNSは頼んだぞ。証拠は1つ残らず保存」
太田「お任せあれ」
宮本「スポンサーのフォローは?」
営業部長「すでに担当にはそれぞれ連絡とるよう指示出してます」
宮本「今日陽斗の予定は?」
後藤「今日は早朝から全員でMVの撮影です」
宮本「何も気にするなって伝えとけ。アイツすごい責任感じるだろうから。こういうのは、俺ら裏方の仕事。そうだろ?」
後藤「(頷いて)伝えておきます」
宮本、拳を机に叩きつけて、
宮本「陽斗だけじゃなく俺の愛娘まで好き勝手言うとはいい度胸じゃないの。覚悟しとけよ!」
全員、頷く。
○ロケバス・車内
直哉、大和に例のツイートを見せる。
直哉「なぁ、これ……」
大和「は? 何これ」
直哉「この女の子ってえまちゃんだよな? 顔ははっきり写ってないけど制服とかで全然特定できちゃうだろうし、なんなら書き込んでるやつもいる」
コメントには【この制服は○○高校】【○○高校E・Mさん】と。
大和「アイツ……マジなにやってんだよ」
大和、怒りの籠った目。
○スタジオ・控室
ユニクラウン、衣装を着たまま休憩中。
佐藤、ノックをして入って来る。
佐藤「陽斗さん、ちょっとお話が……」
翼「俺ら席外す?」
佐藤「あ、いやぁ……」
陽斗「(何かを察して)いいよ。俺の話ってことはユニクラにも関係あることだよね」
佐藤「……実はSNSで拡散されてる写真があって……」
佐藤、陽斗にタブレットを渡す。
陽斗、タブレットを見て血相を変える。
凛太郎、横から覗いて、
凛太郎「これはるピー? しかも隣にいるのって……」
柊也「えまちゃん……?」
佐藤「(頷いて)もう上は動いてるんですけど、しばらくは騒がれると思うので情報共有ですあと社長からの伝言で『気にしなくていい』と」
陽斗、SNSをスクロールしながら顔を歪める。
柊也「ひどいなこれ……」
悠真「情報開示なんとかってできないの?」
佐藤「SNS班と弁護士と先生が動いてます。社長が徹底的にやるってブチ切れてるらしいし、みんなそのつもりです」
翼「陽斗に対しても度が過ぎたコメント多すぎだろ。許せねぇ」
陽斗「……えまは⁉︎ これ見ちゃってるよんね⁉︎」
佐藤「すいません、そこまでは……」
陽斗「……そうだよね」
悠真「社長が動いてるなら大丈夫だよ」
と、落ち着かせる。
陽斗「……えまは周りを警戒してくれてたのに。俺が軽率だった……」
柊也「過ぎたことなんだから仕方ない。悪いことは何もしてないんだから」
と、肩をトントンする。
陽斗、えまにメッセージを送る。
〈陽斗:俺のせいでごめん〉
〈陽斗:全部俺のせいだから〉
〈陽斗:えまは何も悪くないからね〉
陽斗、思いつめた顔で画面を見つめる。
○高校・教室
教師、教壇で板書している静かな授業中。
女子「(小声で)えま」
えま、手を止めてノートから顔を上げる。
隣の女子、斜め前の男子を指差す。
男子、左右に大きく船を漕いでいる。
えま、女子と顔を見合わせながら肩を震わせる。
スマホのアラームが鳴り、カーテンが自動で開く。
窓から差し込む外の光が陽斗の顔に当たる。
陽斗、眩しそうな顔で少し目を開けて大きく伸びをする。
陽斗「くぅぅっ……!」
陽斗、のそのそ起き上がり、ベッドサイドの眼鏡をかけて部屋を出る。
○同・キッチン(朝)
陽斗、目が覚めてきた顔で冷蔵庫を開ける。
中は調味料、ペットボトルの水、酒しか入っていない。
陽斗「……」
陽斗、水を取って扉を閉める。
スマホにメッセージ通知。
画面には〈雄大:おはようございます。おにぎりか何か買っていきましょうか?〉
陽斗「(くしゃっと笑って)エスパーかよ」
〈陽斗:ツナマヨよろしく!〉
と、返信。
佐藤から了解のスタンプ。
陽斗、シェイカーにプロテインの粉と水を入れて振りながらリビングへ。
○同・リビング(朝)
陽斗、椅子に座ってプロテインを飲みながら台本をめくる。
スマホのアラームが鳴る。
画面は9:50の表示。
陽斗「やばっ!」
と、慌てて身支度する。
○同・エレベーター前(朝)
陽斗、エレベーターが来るのを待っている。
佐藤からメッセージがくる。
〈雄大:記者っぽい人がいます。すぐ乗り込んでください〉
陽斗「(苦笑して)もう家バレてんだ」
陽斗、【了解】のスタンプを送る。
○同・車寄せ~車内(朝)
陽斗、エントランスを出て足早に車に近づく。
カメラを持った記者が寄って来る。
記者「田中さんですよね。ちょっと山口さんとのお話聞かせてもらっていいですか?」
陽斗「すいません、急いでるので」
と、無理やり後部座席に乗り込む。
佐藤「出します!」
と、アクセルを踏む。
○道路・車内(朝)
佐藤、運転しながら、
佐藤「すみません。場所変えようかと思ったんですけど、逆に早く乗り込んだ方がいいかと思って」
陽斗「ううん大丈夫。ありがと」
佐藤「山口さんがなんとかって言ってましたよね?」
陽斗「うん。なんでだろ……」
佐藤、神妙な顔をする。
佐藤「あ、そこにツナマヨあります」
陽斗の隣にビニール袋。
陽斗「ありがと」
陽斗、袋からおにぎりを出しで食べる。
○宮本家・えまの部屋(朝)
えま「んっ……」
えま、目を覚まして枕元のスマホを見る。
画面は5:30の表示。
えま「まだ30分もあるじゃん……」
えま、ごろんと反対を向いてSNSを開く。
えま「(画面を見て)えっ、なになになに⁉︎」
と、驚いて飛び起きる。
画面には【ちょっと大きい】と書かれた美玲の投稿。
サイズが合っていない指輪をした美玲の手とテレビの画面、美玲の部屋着と色違いを着た男性の足元が見切れている。
えま、真剣な顔でSNSの投稿を見ていく。美玲の投稿のスクリーンショットに矢印で添削のように書き込みされた写真の投稿。
実際の写真と比較されている。
【指輪:陽斗くんが動画でつけてた。メンズサイズ展開のみ】
【部屋着:某有名部屋着ブランド。隣の男?と色違い】
【テレビ:陽斗くんのドラマ最終回】
ファンによる悲鳴のコメントが続く。
【うわ無理、朝からしんどすぎる】
【恋愛するなとは言わないけど匂わせとかする女選ぶのはがっかり】
【ねぇ、これまさか同棲とか言わないよね?】
えま、自分に言い聞かせるように、
えま「……いや、たまたまでしょ。たまたま……」
と、落ち着かない様子。
○同・洗面所(朝)
えま、ボーっとしながら顔を洗う。
歯磨き粉を手のひらに出し、顔に塗り込む。
えま、鏡に映った自分の顔を見る。
歯磨き粉だと気づいていない。
えま「はぁ……」
と、水で洗い流す。
○同・リビングダイニング(朝)
えま、テーブルでパンを食べながらずっとスマホを見ている。
美香「ちょっとー。ご飯中くらいやめなさい! のんびり食べてたら学校遅れるわよ」
えま、スマホで時間を見る。7:15の表示。
えま「やばい!」
と、食パンを口に詰め込む。
○えまの高校・教室(朝)
「おはよー」と言いながら生徒が登校してくる。
桃香、すでに席に座っている。
扉から入って来たえまに手を振る。
えま、力なく手を振って自分の席に座る。
桃香、心配な顔でえまに近づく。
桃香「おはよ! どうした? なんか元気ないけど……」
えま「ちょっと朝から悶々としちゃって……」
えま、桃香に美玲の投稿を見せる。
桃香、眉をしかめる。
桃香「この山口美玲って何者なの? 私聞いたことないんだけど……」
えま「元々モデルで女優もやってるんだけど。ユニクラがデビューする前に陽斗くんとカップル役で共演したの。その時から付き合ってるんじゃないかーってファンが勝手に妄想したりはしてたんだけど、こういうの出るのは初めてで……」
桃香「この人が勝手に匂わせてるだけじゃないの?」
えま「そう思いたいんだけどさ! でもこの間他のグループの人のことで匂わせてたモデルがいて、超炎上したんだけど。結局その2人は本当に付き合ってたみたいなの。だから、匂わせるからには何かあるのかな、って……」
えま、俯く。
桃香「もう田中さんに直接聞いちゃえば? えまはそれができちゃう超ラッキーなオタクなんだから」
えま「『山口さんが陽斗くんのこと匂わせてるけど付き合ってるんですか?』って? ムリムリヤバすぎるでしょ私!」
と、顔の前で手を振る。
谷口が教室に入って来る。
谷口「ホームルーム始めるぞー座れー」
桃香「今日はもう電源切りな! これ以上SNS見るとますます萎えるよ!」
と、言い残して席に戻る。
えま、大きくため息をついてスマホの電源を切る。
○テレビ局・控室(朝)
佐藤「陽斗さん一応報告なんですけど、今SNSでこれが広がってて……さっき記者に聞かれたのってこれがあったからかもしれないです」
佐藤、美玲の投稿を見せる。
陽斗「山口さんのSNS? これがどうしたの?」
佐藤「この見切れてる人が陽斗さんなんじゃないかって騒がれてるんです」
陽斗「いや、まさか! なんでそんな話になってんだ(失笑)」
佐藤「この指輪が陽斗さんがつけてるやつと同じだとか、このテレビに映ってるのが陽斗さんのドラマの最終回ってところでそういう話になったみたいです」
陽斗「うっわほんとだ! 気づいた人すごいな」
佐藤「じゃあこれは別に陽斗さんじゃないんですね」
と、肩の力が抜ける。
陽斗「(真面目な顔で)うん。マジで違う!」
佐藤「一応チーフにも報告してます。特に事務所から何か言ったりはしないですけど」
陽斗「なんかお騒がせして申し訳ない……」
佐藤「別に陽斗さんは何もしてないじゃないですか」
陽斗「でも、たまたまだと思うけどね」
佐藤「(明るく)ですよね!」
○同・廊下~スタジオ(朝)
陽斗、控室を出ると悠真が立っている。
悠真「おはよ!」
陽斗「おはよー」
2人、歩き出す。
悠真「はるピー朝から超燃えてたねぇ」
陽斗「さっき雄大から聞いた」
悠真「(イジるように)あの隣で見切れてたのってマジではるピー?」
陽斗「んなわけないだろ!」
悠真「ごめん、冗談。でもあれ本当にワンチャンわざと匂わせてる説あるよ」
陽斗「なんでだよ。たまたまだろ」
悠真、そうは思っていない様子。
陽斗「……ん?」
悠真「(首を横に振って)いや別に。それより、えまちゃんに連絡した?」
陽斗「え?」
悠真「騒がれてるやつは俺じゃないよって」
陽斗「それ自意識過剰すぎだろ俺。えまが全然気にしてなかったら恥ずかしいやつじゃん」
悠真「ふはは。確かに」
陽斗「それにえまは多分『これは違う』って切り替えてそうな気がする」
悠真「(ニヤニヤして)なるほど。自信あるわけだ」
陽斗「(照れ臭そうに)自信とかじゃないけど……」
2人、スタジオに入る。
○カフェ・店内(夕方)
えま「んー美味しい!」
桃香、美味しそうにスイーツを食べるえまを見ながら、
桃香「えまのそういう切り替え早いところ、私すごく好き」
えま「桃香に言われて1日スマホの電源切ってたからちょっとメンタル回復した! やっぱデジタルデトックス? 大事だね」
桃香「そうそう。SNSはただの憶測がいつの間にか事実みたいに流れることとかあるし、ネガティブなことも多いし、見すぎは禁物だよね。自衛していかないと」
えま「なんか今回も、陽斗くんは何も悪くないのに陽斗くんの悪口言ってる人いるし。山口さんの誹謗中傷もすごいし。事実関係分かんないのに、それは違うでしょって感じ。見ててすごい疲れる」
桃香「情報開示請求とかされたら丸裸なのにね。みんなアホだなぁ」
えま「陽斗くんに酷いこと言ってる人みんなそれしてほしい! パパに頼もうかな……」
桃香「本当に酷いやつは事務所も対処するよ。今そういうの問題になってるし」
えま「そうだよね」
○事務所・会議室(夕方)
事務所幹部の話し合い。
宮本はリモートで参加。
後藤「今ネットで炎上している山口さんの投稿の件ですが、一応マネージャーに確認させて、田中は一切関係ないとのことでした」
二宮、タブレットを見ながら、
二宮「彼女だけじゃなくて田中に対する誹謗中傷も目立ってるなぁ」
宮本(画面)「それ全部残しとけよ! うちは徹底的にやるからな!」
弁護士「ではそれを私の方に共有していただけると助かります」
二宮「分かりました」
宮本(画面)「先生、よろしくね」
弁護士「朝飯前ですよ」
後藤「今朝早速週刊誌の記者に当たられたみたいなので、近々記事も出るかもしれません」
二宮「しばらくかかりそうだな。マネジメント部全体に情報共有頼んだぞ」
後藤「分かりました」
○リムジン・車内(夕方)
宮本、後部座席でスマホの画面を見つめる。
ロック画面には宮本が幼いえまを肩車している写真。
宮本「大丈夫かな……」
○宮本家・リビングダイニング(夜)
えま、ソファに座ってテレビを見ながら笑っている。
宮本が帰って来る。
宮本「ただいまー」
美香、洗い物をしながら、
美香「おかえりなさい」
えま「(チラッと見て)……おかえりー」
と、テレビに視線を戻す。
宮本、えまを見つめる。
えま、視線を感じて徹の方を向く。
えま「(怪訝な顔で)……なに?」
宮本「いや。思ってたより普通だから安心した。もっと発狂してるかと思って。陽斗のこと……」
えま「あぁ……あれね。あんなの信じないから~! どうせ山口さんの匂わせだもん」
と、テレビに視線を戻す。
美香、宮本の肩をトントンとして耳打ちする。
美香「(小声で)朝はもうずっとスマホ見て落ち込んでたんだけどね」
宮本「(小声で)陽斗にも確認して、無関係だと。あとはこのまま落ち着くのを見守るだけだ」
美香「そう。良かった」
と、安心する。
○同・えまの部屋(朝)
えま、SNSを見る。
【山口美玲熱愛】というワードがトレンドに入っている。
えま「まだこんなのトレンド入りしてたんだぁ。みんな暇だねぇ」
えま、呆れながら内容を見る。
段々顔が強張っていく。
【山口美玲 深夜のお泊りデート♡お相手は某アイドル似の高身長イケメン】という週刊誌のネット記事。
タクシーを降りた美玲と男性がマンションに入って行く写真。
もう1枚は陽斗が記者に突撃されているもの。
どちらもマンションのエントランスが同じ。
【順風満帆 田中陽斗の知られざるプライベート】という見出し。
【我々は自宅を出て来た田中陽斗に突撃した】
以下、記事の内容。
【記者「田中さんですよね。ちょっと山口さんとのお話聞かせてもらっていいですか?」
田中「すいません、急いでるので」
そう言って田中は事務所の車に乗り込んで仕事へ向かった。後日事務所に問い合わせを行ったが、期日までに回答はなかった。
「田中さん最近すごく雰囲気が変わったんですよ。謙虚で控えめな方でしたが、自分の魅せ方が掴めてきたのか、特に芝居の方で急成長してますよね。プライベートが充実してるならそれも納得です」(芸能関係者)】、と。
えま、スマホの画面を伏せて深呼吸する。
改めてSNSを見る。
以下、ファンの投稿。
【信じたくないけど、この家のエントランスって一緒だよね……】
【山口美玲と写ってる写真は後ろ姿だし、陽斗くんか分かんないって思ったけど、これはもう……】
【陽斗くんの身長:180cm 山口の身長:170cm この身長差は全然あり得る。死にたい……】
【たまたま同じ家でしたとか言うの? ファン舐めんな】
【ここまで大事になったんだから事務所もなんか言ってほしい】
【陽斗くんが夜会で答えてた好きな異性の質問に山口美玲が当てはまり過ぎててこれはもう確定。(箇条書きで)・透明感ある化粧・黒髪セミロング毛先ゆるパーマ・自分の出演ドラマチェック】
えま、顔色が悪くなる。
○事務所・会議室
二宮、後藤、佐藤がミーティング。
後藤「記事が出るのは分かってたけど、なんだよこの隣の写真は!」
佐藤「これじゃあ、この写真に写ってる男性が陽斗さんだって言ってるようなもんですよね⁉︎ 違うのに!」
二宮「いちいち騒ぐな。マスコミが煽ってるだけだ。公式コメントは出さずに様子を見る。いいな」
後藤「はい」
佐藤「分かりました」
二宮「記者もしつこくなるだろうし、ユニクラウン全員移動は必ず誰かつけろよ」
後藤「もちろんです」
二宮「じゃあ何かあれば連絡くれ」
と、その場を離れる。
後藤「田中の様子は?」
佐藤「メンバーとかスポンサーに迷惑かけるのが申し訳ないって……あと、ブログでファンにちゃんと説明したいって言ってました」
後藤、ため息をつく。
後藤「悪いがそれは待ってくれ。そもそも、今回田中には何も非がないんだから、アイツが責任を感じることはない。ちゃんとフォローしとけよ」
佐藤「はい!」
と、力強く頷く。
○スタジオ・中
ユニクラウン5人で雑誌の撮影中。
シャッター音が鳴る。
スタッフの指示で表情とポーズを決める。
○同・控室
メイクさんがメンバーのメイクや髪、服装を直して部屋を出ていく。
陽斗、表情が強張っている。
柊也、陽斗をチラッと見て、
柊也「陽斗。顔暗いぞー」
陽斗「!」
翼「もしかして記事のこと気にしてんのかよ。あんなの無視だよ無視!」
陽斗「……俺のせいでみんなにも迷惑かけてるかも……本当にごめん」
と、より顔が暗くなる。
凛太郎「はるピーが謝ることは何もないじゃん!」
悠真「そうそう。こういうのは俺らのイジられてるくらいがちょうどいいでしょ?」
メンバー、笑顔で陽斗を見る。
陽斗「みんな……」
翼「てか陽斗さ。週刊誌撮られたの初めてだろ? 良かったじゃん! 童貞卒業おめでと!」
と、陽斗の背中を叩く。
柊也「だから翼は声デカいって」
と、笑いながらつばさを叩く。
悠真、爆笑する。
ドアのノック音がしてドアが開く。
スタッフ「……あの、最後にお1人ずつお願いします……」
スタッフ、気まずそうに呼びに来る。
陽斗、苦い顔をする。
凛太郎「もしかして、今の聞こえちゃってました?」
スタッフ「(苦笑して)いや……あの、はい」
凛太郎「(ふざけながら)違うんです! はるピー大昔に童貞は卒業してます。誤解しないであげてください!」
翼「(ノって)それもそれでなんかおかしいだろ! 童貞だっていいわ!」
悠真「(ノって)そうだよ凛。ユニクラはみんな童貞アイドルできてたんだから」
柊也、手に負えないという顔をして目元を手で押さえる。
口元は笑っている。
陽斗「……分かったから、俺が悪かった! お願いだから柊也以外黙って。みんなが聞いてるから!」
ドアの前にはスタッフが集まって楽しそうだなとユニクラウンを見ている。
陽斗、少し表情が明るくなる。
翼、悠真、凛太郎、ニヤニヤしながら指でバツをつくって自分の唇に当てる。
○高校・教室
昼休みが始まった教室。
生徒が机を合わせて弁当を食べ始める。
えま、机に突っ伏したまま動かない。
桃香「えま。購買行くけどなんか買ってこようか?」
えま、突っ伏したまま首を横に振る。
えま「……大丈夫。ありがとう」
桃香、心配そうな顔をする。
男子、不思議そうな顔で寄って来る。
男子「宮本どうしたの。なんかあったん? 小林もなんか朝からずっとあんなだし」
男子が指さす方向にえまと同じように机に突っ伏す紗耶香。
桃香、声のトーンを落として男子に説明する。
桃香「えまの推しに熱愛報道が出て。それでちょっと……いいからそっとしておいてあげて」
男子「ふーん。ていうかアイドルも恋愛ぐらいするだろ。別に犯罪じゃないんだから大目に見てやれよ」
と、普通のトーンで。
桃香、「しっ!」っと口に指を当てて男子を睨む。
男子「……」
桃香「……確かにアイドルだって恋愛は自由だよ、そんなこと分かってる! でも私たちオタクはそう簡単に割り切れないの。相手の女に対して『なんでわざわざ匂わせなんてするかなぁ』ってイライラしたり、推しに対して『なんでこんな女選んだの?』って思っちゃってそんな自分にモヤモヤしたり。この歌歌ってる時、この質問答えてる時、あの女のこと考えてるのかなとか思ったらもうメンタルえぐられる。それがオタクなの。めんどくさいって思うかもしれないけど、こっちはどうにか自分でこの感情を処理しようと頑張ってるの! だからそっとしといて! 分かった?」
男子、桃香の勢いに押される。
男子「(やべぇ……)」
桃香「いいから、行くよ!」
男子「おい、押すなって」
桃香、男子の背中を押して教室を出ていく。
えま、動かない。
えま「(あー無理だ無理だ。メンタル死ぬ。事務所が何も言わないのはきっとあれが本当にたまたまで、陽斗くんと山口さんは何もないからなんだと思いたい。でも、火のないところに煙は立たないって言うし、もしかするとあの記事は事実で、写真で隣にいた人も陽斗くんなら……今はその対応に追われて何も言ってないだけかもしれない。あの2人、いつから付き合ってたんだろう。お似合いだもんなぁ。私は本当にただ妹みたいに可愛がってもらってただけなのに……特別なのかもとか勘違いしてほんとバカ。陽斗くん前に雑誌で年上好きって言ってたし、山口さん全部当てはまってるじゃん)」
えま、俯いたまま立ち上がり教室を出ていく。
○同・屋上
えま、柵に寄りかかってボーっと景色を眺める。
扉が開き、真斗が入って来る。
えま、気付いていない。
真斗、えまの背中を見て、
真斗「えま……?」
えま、ビクッと反応する。
俯いたまま足早に真斗の横を通り過ぎようとする。
真斗、えまを行かせないように立ち塞がる。
えま、立ち止まる。
えま「……(か細い声で)通してください」
真斗「いいよ、俺が出ていくから。先にいたのはえまだし」
えま「……」
真斗「一応聞くけど、飛び降りよう……とかは考えてないよね?」
えま、顔を上げる。
えま「……え? あ、あぁ……さすがにそこまでは……」
えま、生気の抜けた顔。
真斗「……何か俺にできることある?」
えま、真斗を見て警戒する。
真斗「なんて、こんなこと言う資格ないのは分かってるんだけど……でも、どうでもいい奴にしか話せないこととかもあるじゃん?」
えま「……」
真斗「……文化祭の時の彼氏となんかあった……?」
えま「(気まずそうに)……あの人は彼氏なんかじゃないです」
真斗「……でも、キスしてたよね?」
えま「(自嘲するように)あれは、カッコいい彼氏を連れて先輩を見返したいって話したら、フリをしてくれただけなので……」
えま「(あぁ……何ペラペラ話しちゃってるんだろう私。先輩絶対引いてるよ……)」
と、地面を見つめる。
真斗「……そうだったんだ」
真斗、俯くえまを見つめる。
真斗「でもそうやって思いつめるくらい、そいつのこと好きなんだね」
えま、真斗の顔を見る。
真斗「えまの顔見れば分かるよ」
えま「……私なんかじゃ全然釣り合わないんです……宇宙レベルの存在なので」
真斗「(ふざけて)もしかして、宇宙人なの? あの彼氏」
えま、宇宙人の恰好をした陽斗を思い浮かべてクスっと笑う。
真斗、えまの笑顔を見てホッとする。
真斗「えまの気持ちは? ちゃんと伝えた?」
えま「まさか! 言いません! 言えません!」
真斗「俺に告ってくれた時の勢いはどうしたんだよ! (笑いながら)それとも、俺は宇宙人じゃないから言えた?」
えま「あれはあれ、これはこれです……!」
と、モゴモゴ答える。
真斗、申し訳なさそうな顔をする。
真斗「えま……あの時は本当にごめん。俺、調子に乗ってた」
と、えまに頭を下げる。
えま、なんて言えばいいか分からない顔。
真斗「(顔を上げて)ちゃんと顔見て謝りたかったんだ。こんな時間かかっちゃったたけど」
えま「……」
真斗、扉を開けて、
真斗「じゃーな! 健闘を祈る!」
と、屋上を出る。
えま「……!」
えま、何かを言いかけて閉まった扉を見つめる。
○同・階段
真斗、階段を下りている。
屋上の扉が開いてえまが階段下を覗き込む。
えま「先輩ッ!」
真斗、足を止めて顔を上げる。
えま「あの……受験、頑張ってください!」
えま、ニコッと笑ってグッドマークをする。
真斗「サンキュー!」
と、階段を下りていく。
えま、スッキリした顔。
○ミラベル・バックヤード(夕方)
えま「お疲れ様です」
勇輝「……おーお疲れ」
えま、鏡の前で髪を結んでいると鏡越しに勇輝と目が合う。
えま「……なに?」
勇輝「いや……ネットで見たからさ。えま大丈夫かなって……」
えま「あぁ……うん。確かに学校ではね、もメンタル死んでた! でもね、ちょっとだけ回復したの! だから大丈夫! ありがと!」
えま、ピースする。
勇輝「……そっか」
えま「いっそのこと、やっぱ本人に確かめちゃおっかなぁ~なんて」
と、独り言。
勇輝「(笑いながら)アイドルにどうやって聞くんだよ」
えま「あ……確かにー! そうだよね、確かめようがないよね!」
と、誤魔化す。
ポケットの中のえまのスマホが震える。
画面に【新着メッセージがあります】
○同・バックヤード(夜)
えま、ロッカーを開けてエプロンを脱ぐ。
ポケットからスマホを取り出す。
えま「⁉︎」
陽斗からメッセージがきている。
既読にしないように内容を確認。
〈陽斗:久しぶり。元気?〉
〈陽斗:なんか最近お騒がせしてます……〉
〈陽斗:今日電話とかできたりする?〉
〈陽斗:自分の口からちゃんと伝えたくて〉
えま、急いで帰り支度をする。
○同・外観(夜)
えま、陽斗に返信する。
〈えま:バイト終わったのでいつでも大丈夫です〉
既読はつかない。
えま、スマホを握ったまま歩き出す。
○大通り・歩道(夜)
車が行き交う大通り。
えま、スマホを確認しながら歩いている。
着信音がして画面を確認する。
【陽斗くん】の表示。
えま「(緊張して)……もしもし」
陽斗の声「……もしもし? ごめんねこん時間に。バイトお疲れ様。今帰り?」
えま、ホッとして涙がこぼれそうになるのを唇を噛みしめて堪える。
えま「いえ。大丈夫です」
陽斗の声「じゃあちょうど良かった。家に着くまでこのまま話してもいい?」
えま「はい、大丈夫です」
陽斗の声「あの……ネットはもちろん見てるよね……?」
えま「……見ました。山口さんの投稿も、今日の週刊誌の記事も……」
陽斗の声「だよな……そのこと、話してもいい?」
えま「……本当のこと聞けるなら聞きたいですけど、でも知りたくない気もして。ここ最近田中担はみーーんなモヤモヤしてたんですからねっ⁉︎ 陽斗くんは何も悪くないけど!」
陽斗の声「……申し訳ない……でも、ほんとにみんなが思ってるようなことは何もないから! これだけは信じてほしい!」
えま、立ち止まり目を閉じて安堵の表情。
えま「(強がって)もちろん私は分かってましたけどね! きっとそうなんだろうなって。陽斗くんもブログに本当のこと書きたいけど、きっとダメって言われてるんだろうなぁって!」
陽斗の声「(笑いながら)さすがえまだわ。わざわざこんな電話しなくてもお見通しだったか」
えま「……」
えま、立ち止まる。
○テレビ局・控室(夜)
陽斗、椅子に座って電話。
陽斗「えま……?」
えまの声「……ていうのはただの強がりで、本当は頭の中ぐちゃぐちゃでした。陽斗くんの言葉だけを信じたいのに、週刊誌とかに惑わされる自分もいて……ちょっと苦しかったです」
陽斗、言葉に詰まる。
えまの声「でも! 今日こうやって陽斗くんの口から聞けたから、私はもう大丈夫です! 『陽斗くんが違うって言ってたよ』とは言えないけど、『陽斗くんを信じよう!』ってSNSで呟きます!」
陽斗「えま……」
えまの声「だから、ひどいこと言ってるネットの人なんて気にしないでください! 田中担はちゃんと分かってますから! みんな陽斗くんの味方です! だから安心してください!」
陽斗、愛おしそうな顔。
陽斗「……ありがとう。俺、これからも頑張るから」
○宮本家・外観(夜)
えま、マンションの前に着く。
えま「無理だけはしないでくださいね!」
陽斗の声「うん! そろそろ家着いた?」
えま「はい、ちょうど今着きました!」
陽斗の声「そっか。ごめん急に電話して」
えま「いえ! 私の方こそ、陽斗くん忙しいのにこうやって連絡もらえて嬉しかったです。ありがとうございます!」
陽斗の声「じゃあまたね。おやすみ」
えま「はい! おやすみなさい!」
えま、すっかり元気になる。
○テレビ局・控室(夜)
陽斗「(嬉しそうに)俺の方が元気もらっちゃったよ」
と、スマホを見つめる。
○同・控室・外(夜)
柊也、翼、悠真、凛太郎がドアの前で耳を立てている。
翼「なぁ、陽斗なんて言ってる?」
凛太郎「聞こえない……でもさっき笑ってた」
悠真「ちゃんと話せてるみたいだね」
柊也「うん。えまちゃんなら大丈夫だろ」
凛太郎「(ニヤニヤしながら)やっぱさ、はるピーってえまちゃんのこと……そういうことだよね?」
翼「それ以外ないっしょ」
悠真「本人は色々気にしてるのか、頑張って隠してるけどね」
凛太郎「はるピー可愛いとこあるな~」
スタッフが近づいてきて不思議そうに4人を見る。
柊也「あ、時間ですか?」
スタッフ「あ、はい。田中さん中にいらっしゃいますか?」
翼「(ニヤニヤしながら)うん、田中さんは中にいらっしゃるんですけど……」
悠真「終わったかな?」
柊也「仕方ないよ。入るぞ」
凛太郎「ごめんねはるピー!」
と、ドアを開けようとする。
○同・控室(夜)
ドアの外が騒がしい。
陽斗、気になってドアの方へ行き開ける。
外には柊也、翼、悠真、凛太郎、スタッフが立っている。
翼「(下手な芝居で)おぉー陽斗。ちょうど今呼ぼうと思って」
凛太郎「(下手な芝居で)なんかしてた? 大丈夫?」
陽斗、柊也と悠真を見る。
柊也、申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる。
陽斗、状況を察する。
陽斗「(失笑して)で、言い出したのは誰?」
と、柊也から順に見ていく。
柊也「まさか!」
と、隣の悠真を見る。
悠真「違うよ!」
と、隣の凛太郎を見る。
凛太郎「そんなわけないじゃん!」
と、隣の翼を見る。
翼「ほら、正直に言えって」
と、隣のスタッフの肩に手を回す。
スタッフ「え⁉︎ なんの話ですか⁉︎」
5人、フッと吹き出して笑う。
スタッフ「マジで全然分かんないんですけど!」
スタッフもつられて笑う。
○部屋(夜)
電気がついていない部屋。
布団の中でスマホの画面が煌々と光っている。
女子の手がフォルダの写真をスクロールしている。
写真は全て手を繋いで走っているえまと陽斗を写したもの。
どれもブレて顔はハッキリと分からない。
SNSの投稿画面に文字を打ち込む女の手。
【これってユニクラウンの田○陽斗?】
女、写真を付けて投稿ボタンを押す。
閲覧数がどんどん増えていき、コメントが表示されていく。
以下、コメント。
【これどこの学校?】
【この制服は○○高校】
隣の女誰? 学生?】
【妹じゃない?】
【田中に妹いないよ。お姉ちゃん】
【もしかして彼女?】
【田中担生きてる?私は死んでます】
【どう見ても相手高校生で草。田中陽斗終わったな】
○電車・車内(朝)
満員電車。
男子高校生が窓際に立ってSNSを見ている。
画面には【これってユニクラウンの田○陽斗?】という例の投稿。
男子高校生、【女の方絶対ブスじゃんこのレベルでもSSのアイドルと付き合えんだwそれとも田中がB専なだけ?】と投稿。
男子高校生、スマホを仕舞って英単語帳を開く。
○大学・講義室(朝)
学生が「おはよー」と次々と講義室に入って来る。
講義室の端の席で1人俯いて座っている女子大生。
机の下で隠すようにSNSを見ている。
画面には【これってユニクラウンの田○陽斗?】という例の投稿。
女子大生、冷めた目で【陽斗くんの手握ってる隣の女マジ死んでほしい】と投稿。
スクロールして似たような投稿にいいねを押していく。
【隣の女消えて】
【特定屋さんよろしくお願いします】
【みんなで吊るし上げよ】
など、過激な投稿が目立つ。
○オフィス街・歩道(朝)
スーツを着た男女5人が会話しながら歩いている。
集団の一番後ろの男、SNSを見ながら歩いている。
画面には【これってユニクラウンの田○陽斗?】という例の投稿。
男、笑顔で【田中陽斗は女子高生に手を出している犯罪者です】と投稿。
女性の声「ちょっとー! 早くー!」
男「(顔を上げて)ごめんごめん!」
男、スマホを仕舞って集団を追いかける。
○宮本家・えまの部屋(朝)
えま、ベッドから起き上がって大きく伸びをする。
顔がスッキリとしている。
○同・洗面所
えま、洗顔フォームを泡立てて顔を洗い、タオルで顔を拭く。
手のひらに化粧水を出して優しく肌になじませる。
えま「(嬉しそうに)あ! ニキビなくなった!」
えま、鏡に近づいて頬を指で押さえる。
大きく深呼吸してニコッと笑う。
○同・リビングダイニング(朝)
えま、テレビを見ながらトーストを食べている。
カーリー「ワンッワンッ」
カーリー、窓の外に向かって吠える。
えま「んー? どうしたのカーリー。外出たいの?」
カーリー「ワンッ!」
えま「しょうがないなぁ」
えまが窓を開けるとカーリーが嬉しそうに走って行く。
えま、コーヒーとトーストの皿を持って外に出る。
○同・バルコニー(朝)
えま、椅子に座って優雅に朝食を食べる。
× × ×
美香「えま? 随分のんびりしてるけど、時間大丈夫なの?」
美香が声をかけに来る。
えま「え? 今何時⁉︎」
美香「7:20だよ」
えま「ウソ! やばい!」
えま、食パンを口に詰め込んで慌てて中に入る。
カーリーもえまを追いかける。
○同・洗面所(朝)
えま、鼻歌を歌いながら髪の毛をヘアアイロンで巻いている。
○事務所・中(朝)
【SNSマーケティング】のドアプレート。
○同・SNSマーケティング部(朝)
色も形もバラバラのテーブルが散らばっている今どきのオフィス。
それぞれのテーブルに個性が出ている。
太田渉(30)、ジュースとコミック誌を持って部屋に入って来る。
自席に座り、ジュースを飲みながらパソコンに向かう。
テーブルの上には他に漫画とチョコレートの山ができている。
太田「おっと。これはちょっとマズいかな~?」
と、画面に顔を近づける。
画面には【ネット騒然。二股? 未成年淫行? 田中陽斗の真実】というまとめサイトの記事。
太田「ごめん至急部長とユニクラのチーフに連絡とって! 緊急! 最優先!」
社員「はいっ!」
太田「さて、どうしたもんかな……」
○交差点・歩道(朝)
横断歩道で通学や通勤前の人が信号待ちしている。
制服を着た女子高生が会話。
女子1「ねぇ、はるピーのやつ見た?」
女子2「見た見た。でもあれほんとにはるピーなのかな?」
女子1「でも他にもあの文化祭で見たって人いたよ」
女子2「マジ⁉︎ じゃあ手繋いでたの彼女確定じゃん」
女子1「なんか女優とかモデルなら諦めついたけど、同じJKっていうのが……なんかガッカリ」
女子2「どんだけ可愛いんだろうね」
女子高生のスマホには例のツイート。
○事務所・会議室(朝)
関係者が集まって会議。
二宮「朝から電話が鳴りやまず回線はパンク寸前。問い合わせフォームからもメールが絶えません」
宮本、真顔で例の投稿やコメントを見る。
宮本「『隣の女マジ死んでほしい』『田中陽斗は犯罪者』……へぇ~」
二宮「(ヤバい……)」
後藤「(ブチ切れてる……)」
太田「(そりゃそうだ……)」
宮本「先生は?」
二宮「もうすぐ着きます」
宮本「法に触れるような事実は一切なし。でも事務所として指導徹底。HPはこれで更新」
二宮、頷く。
宮本「SNSは頼んだぞ。証拠は1つ残らず保存」
太田「お任せあれ」
宮本「スポンサーのフォローは?」
営業部長「すでに担当にはそれぞれ連絡とるよう指示出してます」
宮本「今日陽斗の予定は?」
後藤「今日は早朝から全員でMVの撮影です」
宮本「何も気にするなって伝えとけ。アイツすごい責任感じるだろうから。こういうのは、俺ら裏方の仕事。そうだろ?」
後藤「(頷いて)伝えておきます」
宮本、拳を机に叩きつけて、
宮本「陽斗だけじゃなく俺の愛娘まで好き勝手言うとはいい度胸じゃないの。覚悟しとけよ!」
全員、頷く。
○ロケバス・車内
直哉、大和に例のツイートを見せる。
直哉「なぁ、これ……」
大和「は? 何これ」
直哉「この女の子ってえまちゃんだよな? 顔ははっきり写ってないけど制服とかで全然特定できちゃうだろうし、なんなら書き込んでるやつもいる」
コメントには【この制服は○○高校】【○○高校E・Mさん】と。
大和「アイツ……マジなにやってんだよ」
大和、怒りの籠った目。
○スタジオ・控室
ユニクラウン、衣装を着たまま休憩中。
佐藤、ノックをして入って来る。
佐藤「陽斗さん、ちょっとお話が……」
翼「俺ら席外す?」
佐藤「あ、いやぁ……」
陽斗「(何かを察して)いいよ。俺の話ってことはユニクラにも関係あることだよね」
佐藤「……実はSNSで拡散されてる写真があって……」
佐藤、陽斗にタブレットを渡す。
陽斗、タブレットを見て血相を変える。
凛太郎、横から覗いて、
凛太郎「これはるピー? しかも隣にいるのって……」
柊也「えまちゃん……?」
佐藤「(頷いて)もう上は動いてるんですけど、しばらくは騒がれると思うので情報共有ですあと社長からの伝言で『気にしなくていい』と」
陽斗、SNSをスクロールしながら顔を歪める。
柊也「ひどいなこれ……」
悠真「情報開示なんとかってできないの?」
佐藤「SNS班と弁護士と先生が動いてます。社長が徹底的にやるってブチ切れてるらしいし、みんなそのつもりです」
翼「陽斗に対しても度が過ぎたコメント多すぎだろ。許せねぇ」
陽斗「……えまは⁉︎ これ見ちゃってるよんね⁉︎」
佐藤「すいません、そこまでは……」
陽斗「……そうだよね」
悠真「社長が動いてるなら大丈夫だよ」
と、落ち着かせる。
陽斗「……えまは周りを警戒してくれてたのに。俺が軽率だった……」
柊也「過ぎたことなんだから仕方ない。悪いことは何もしてないんだから」
と、肩をトントンする。
陽斗、えまにメッセージを送る。
〈陽斗:俺のせいでごめん〉
〈陽斗:全部俺のせいだから〉
〈陽斗:えまは何も悪くないからね〉
陽斗、思いつめた顔で画面を見つめる。
○高校・教室
教師、教壇で板書している静かな授業中。
女子「(小声で)えま」
えま、手を止めてノートから顔を上げる。
隣の女子、斜め前の男子を指差す。
男子、左右に大きく船を漕いでいる。
えま、女子と顔を見合わせながら肩を震わせる。