造船王はその愛を諦めきれない~その人は好きになってはいけない相手でした~
そういえば、凛は俺の仕事を知っているのだろうか。
自分から話したことはないが、もしかしたら雅が話しているかもしれない。

家では仕事の話をしないし、凛からも聞こうとしないので、わからなかった。踏み込みすぎず、一線を引いているところはプロだなと感じる時がある。それがまた信頼に繫がっている。

「姉の子供の世話で動物園にいったんだよ。もういいだろ。さあ仕事に戻ろう」

コーヒーを飲み干すと、意識を切り替えてデスクの椅子に戻る。

朝倉はちぇっと不満そうにしたが、休憩は終わりだ。朝倉もカップを片付けると途端に態度を切り替えた。

この後は寄港イベントの確認で、港にいかなければならない。

当日は式典を行い、その夜には出航となる。
俺はクルーズのスケジュールと合わせ、八日間の休暇をとっていた。

休暇中は乗客としてロイヤルグリシーズに乗り、クルーズを楽しむつもりだ。
休暇兼、視察といったところだが、大きなプロジェクトが一区切りつくので少しだけ休ませてもらうことにしている。

「そういえば、中森という名前に聞き覚えありますか?」

仕事モードに戻った朝倉が言った。

「中森?」

考えたがとくに思い浮かばない。

「ええ、中年の男で、港近くの商業施設にあったロイヤルグリシーズの広告を破壊したらしいんです。警備員に取り押さえられましたが、犯行の理由を話さないらしいんですよね。こんな船沈めばいいとか叫んでいたらしくて。ひどく酔っていたそうなので、真意は不明です」

「不吉な事を言う奴だな。たまたまの犯行なのか、会社への恨みなのか調べられるか?」

酔っ払いの突発的な犯行でも、印象が悪いことはとにかく避けたい。

「勿論調査は始めています」

「マスコミは? 情報は止めておいてくれ」

「藤堂もロイヤルグリシーズもネタになりますからね。雑誌記者が数人。今のところ繋がりを調べ切れていないので抑えられてますが、今後要注意です」

「わかった。資料がそろったらまた報告してくれ」

グループ会社の従業員も取引先の相手も多すぎて、考えてもすぐには思い出せなかった。イメージ戦略が大事で、今はどんな小さなトラブルも出したくない。

和んでいた気持ちが一気にひりついた。
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