十回目のお見合いは、麗しの伯爵令息がお相手です。
 (懐かしいな……)
 
 あの時のことは忘れない。
 ハンカチを差し出すという行為と、無機質なカミロのちぐはぐさ。ほんの一瞬だけ混乱はしたが、フィーナはカミロという人物をなんとなく分かった気がしたのだ。

 彼は素っ気ない人間なのかもしれない、しかし冷たい人では無い。こうして、優しさを分け与えることが出来る人。分け与えることが出来るほど、優しい気持ちを持っている人だった。

 フィーナがハンカチと一緒にカミロの優しさを受け取ると、彼の表情がわずかに崩れた。
 フィーナはそれを見逃さなかった。ほのかに赤く染まるカミロの頬は、フィーナの泣き顔を自然と笑顔へと変えたのだった。

 それからだ、カミロのことを恐れなくなったのは。見た目には分からないけれど、優しい人なのだと分かったから────




 知っていたのに。フィーナは幼い頃から、カミロの不器用な優しさを知っていたはずなのに。
 あのカミロが、フィーナの幸せを壊すために邪魔をするはずがない。

 カミロはフィーナの幸せを誰よりも望んでいた。
 望んでいたから、フィーナの結婚に誰よりも本気だった。当の縁談相手達よりも。

『お前も早く本気になれ』

 抑揚のない彼の声が反芻して、胸を締め付ける。

 (私は、本気だったかしら)

 フィーナは男たちと縁談を繰り返した。断られたら次の人に。また断られたら、その次に。結婚さえ出来れば、幸せになれると……そう信じて。

 自分の思う『結婚』とは何だろう。
 幸せとは。
 本気になるとは────?

 一人きりで、自分の胸に問いかける。
 手には、折り目正しくたたまれた青いハンカチ。
 フィーナは、カミロの瞳を思わせるその青を見つめ続けたのだった。
 
< 52 / 65 >

この作品をシェア

pagetop