破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
 つい先ほどまでわがままな14歳の少女だったわたしの頭の中に前世の記憶が一気に流れ込んできて、ドリスの体とこれまでの記憶を保持したまま精神年齢が20歳に上がった。

 ゲームの世界に転生したのはまだいいとして、問題なのはドリスがゲームの途中で死んでしまうことだ。
 ゲーム『遥かなる茜空』、通称「ハルアカ」の舞台となっているのは、中世ヨーロッパ風の架空の国オジール王国。
 ストーリーでドリスがオスカー・アッヘンバッハに追放されるのは、19歳を祝う誕生日パーティー当日だ。
 ミヒャエルが病に倒れて寝たきりになるのは、その1年前。原因不明とされていた病気は、実はドリスが少量の毒を盛り続けていたことがオスカーにバレてしまう。
 そしてドリスはオスカーによって伯爵邸から叩き出される。極寒の道を裸足で歩き続けてどうにか修道院の扉にたどりついたものの、すっかり体が凍えていたドリスの弱弱しいノックは吹雪の音にかき消された。
 翌朝、扉にすがりつくように凍死しているドリスが発見されるするという展開だ。

 しかしゲームプレーヤーたちはこの場面で、
「やっとあの胸クソ悪い悪役令嬢のドリスが死んだか。ざまあみろ!」
「オスカー、グッジョブ!」
と言って手を叩いて喜び、スカッとした気分を味わう。
 いわゆる、ざまあ展開というやつだ。
 かつてのわたしもスカッとさせてもらったプレーヤーのひとりだった。
 それほどまでに皆に嫌われ悪役を見事に演じ切ったドリス・エーレンベルクは、波乱万丈のゲームシナリオには欠かせないキーマンともいえる。

 ちなみに複数のシナリオ分岐とエンディングが存在するハルアカは、プレーヤーの動かすヒロインキャラがオスカーに見初められてプロポーズされた時点でハッピーエンドとなる、いわゆる乙女ゲームだ。
 プレーヤーは、攻略対象であるオスカーの独白シーンや回想シーンの心情描写をもとに、彼がなにを悩み、なにを求めているかを察してヒロインのセリフや行動を選択し、オスカーの好感度を上げることを目指す。
 そしてストーリーの途中で、悪役令嬢ドリスを追放する展開へ持っていかなければならない。
「ミヒャエル様は本当にご病気だったのかしら?」
 オスカーとヒロインが交わす会話の選択肢にこのセリフが出てくれば、そこから一気にドリスの破滅へとストーリーが進んでいく。
 
 ストーリーのあちこちに「イベント」と呼ばれる重要なシナリオ分岐地点があるのはもちろんのこと、隠し要素も満載で、何度でもやり直したくなる奥の深いゲームであることが最大の魅力だ。
 その中には「最短でドリスを破滅させるルート」という、とんでもない隠しシナリオまである。

 冗談じゃない。短縮されてたまるか!
 
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