破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
 テーブルに座るわたしの正面にオスカーとアデルが立っている。
 木剣の握り方や構え方といった基本中の基本と思われることを、オスカーが手取り足取り丁寧に説明している。
 
 そんなふたりの邪魔をしないよう少し距離を置いた位置できゃっきゃと声をあげているのはリリカだ。
 いわゆる「にぎやかし」というやつだろうか。なんだか楽しそうだ。
 
「よかったんですの?」
 わたしの隣に腰かけるカタリナが、ティーカップを口へと運びながら尋ねてくる。
 視線は前方の3人へ向けたままだ。
 
「大丈夫よ。オスカーはこんなことぐらいで疲れたりしないし、力加減を間違えてアデルにケガを負わせるようなことも決してないわ」
 
 アデルの背後に立ち後ろから腕を回して握り方を教えているオスカーは至って真面目に剣術を教えようとしている。
 しかしアデルのほうはというと、集中しなければと思いつつも心臓の鼓動がヤバいことになっているに違いない。
 その証拠にずっと頬が真っ赤だ。

 ああ、もうっ! 絵にして残したいわっ!

 両手の親指と人差し指を立てて枠を作り、密着しているふたりを鑑賞して見悶えてしまう。

 すると、隣でカタリナが小さくため息をついてティーカップをソーサーに戻した。
「違いますわ。そのことではなくて、先程のドリスさんの過去のお話のことですわ」
 声色から察するに、呆れているようだ。
 
「友人がひとりもいなかったこと?」
「その通りですわっ!」

 高位貴族は、ちょとした醜聞が命取りになることがある。
 カタリナも幼少期からそう教育されているはずだ。
 
 カタリナが心配してくれている様子がおかしくて、うふふっと笑いが漏れる。
「いいのよ、嘘をつくほうが嫌だもの。特にあなたたちにはね」
「その潔さはご立派ですけど、気を付けた方がよろしくってよ。学校にもゴシップがお好きなご令嬢がたくさんいますもの」
 
「ありがとう。心配してくれているのよね?」
 カタリナに笑顔を向けると、一瞬その紫色の瞳が揺れてすぐにそらされた。
「ち、違いますわ! 忠告しているだけですわっ」
 
 つるっとした可憐な耳をほんの少し赤くしているカタリナは、相変わらずのツンデレだ。
 声を立てて笑いそうになるのを堪えながら、その優しさに感謝したのだった。

 ******
 
「ドリス、バランが失言したと聞いたが……」
 
 楽しくにぎやかなお茶会を終えてオスカーとともに3人を見送った後、ミヒャエルが駆けつけてきた。
 お茶会の間は邪魔しないでと言ったのをきちんと守ってくれたミヒャエルだったが、バランの話を聞かされてヤキモキしていたに違いない。
 
 ミヒャエルの後ろではバランが青ざめた顔で大きな体を縮こめている。
 
「パパ、失言ではないのよ。こんなことでバランに罰を与えたりしたら、わたしパパのことを嫌いになるかもしれないわ」
 大げさに唇をとがらせてみせると、ミヒャエルがうろたえはじめた。

「ドリスがそれを望まないなら、もちろんそんなことはしない」
 
 この際、はっきりさせておいたほうがいいだろうと決心した。
 わたしたちを見守るオスカーやメイドたちにも聞こえるように言う。

「過去のわたしの愚かな行いを消すことはできないわ。だからそれは認めるし、反省もしています。いまのわたしには確かな居場所があるんだから、外野にあれこれ言われたって平気よ」
 ふんすと胸を張る。
 
「エーレンベルク家に勤めるすべての人に感謝しています。だからバランは、これからもわたしのために美味しいお料理を作ってちょうだい」

 ミヒャエルの後ろで小さくなっていたバランに歩み寄って手を握る。
「ドリスお嬢様! ありがとうございます。これからも頑張ります」
 バランが目を潤ませながら何度も頭を下げた。

 そんなわたしたちをミヒャエルも目を潤ませながら見つめ、オスカーは言葉を失っているかのように目を見開いて固まっていた。

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