破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
「あのね、オスカー。こんな手は卑怯だわ」
「こうでもしないと、ドリィはいつまでものらりくらりと婚約の話を先延ばしにするだろう?」
 
 舞踏会のホールにつながるバルコニーにオスカーを連れ出して抗議した。

 それなのにオスカーは悪びれもせず笑う。
「ドリィもやっとデビュタントを迎えたんだ。もう早すぎることなんてない。そろそろ頷いてくれないか」
「でも!」
 食い気味に反論する。
「オスカーはルーン岬の使い道を知ってるくせに」

 ミヒャエルとオスカーに猛反対された時、わたしはきちんとルーン岬を買う目的を説明したはずなのに。
 今から1年半後に隣国バルノ王国との間で戦争が起きる。
 その発端となるのが、実はルーン岬なのだ。

 もともとバルノ王国と我がオジール王国は、領土や海洋資源をめぐっていざこざが絶えない。
 ミヒャエルが17年前に出征したのも、このバルノ王国との戦争だった。
 その時はミヒャエルの活躍によりオジール王国が勝利を収めた。

 バルノ王国にとってはそれがおもしろくなく、ずっとくすぶっていたのだろう。
 買い手がつかずに廃墟と化したルーン岬にいつの間にかゴロツキたちが集まり占拠するようになる。
 ルーン岬はもともと船着き場も整備されておらず海からの侵入は不可能だった。それをリゾート開発で整備してしまったがために狙われたのだが、オジール王室も騎士団もその危険性にまったく気付いていなかった。
 実はゴロツキたちは、バルノ王国の工作員だったのだ。
 オジール側にも手引きした人物がいたのかもしれない。
 
 バルノ軍はルーン岬を足掛かりに突然攻めてきた。山をひとつ隔てた王都まで一直線に。
 悪路とはいえ、おあつらえむきにトンネルを掘っていたのだから、馬で駆け抜ければあっという間だ。
 そのためオジール軍は苦戦を強いられることとなった。

 この戦争を描いているのが、悪役令嬢ドリス退場後のハルアカの後半部分にあたる。
 ミヒャエルの死の悲しみとドリスの死の葛藤を抱えながら懸命に戦うオスカー。それを支えようと奮闘するヒロイン。
 そして戦争終結後に茜空をバックにオスカーからプロポーズされたら大団円だ。

 つまり、ルーン岬リゾートを放置しておくわけにはいかない。
 わたしはこの件に関して、前世の記憶やゲームシナリオといった点を省いてミヒャエルとオスカーに話した。
 そういう懸念があるから廃墟のままにしておかないほうがいいと説いたのだ。

 ミヒャエルはこれを騎士団の上官にも話してくれた。
 しかし一笑に付されたという。我が騎士団の警備体制にケチをつける気か、と。
 前回の戦争で大勝した慢心なのかもしれない。
 とにかく、相手にされなかったようだ。

 そしてわたしたちは、潤沢な資産でルーン岬リゾートを買い、そこに私設警備員を置くことに決めたのだ。
 それはオスカーだって承知している話なのに、どうして「わたしたちの別荘」に食いつくのか。
 
 おまけにどうしてそれが「たったいま婚約しました」になるのよ!

「もちろんわかってる。でも、俺たちの別荘として使うのはいいアイデアだと思った」
「それはそうだけど……」
「今度はふたりっきりでもう一度海に行きたい」

 オスカーがあまりにも幸せそうに笑うものだから、反論できなくなってしまう。

「……そうね」
 火照ってきた顔を見られたくなくてプイッと横を向く。

 バルコニーの近く、ホールを歩く給仕係に話しかけているリリカが見える。
 飲み物を受け取りたいようだ。
 おや? と思ったのは、給仕係が戸惑うような表情を見せたこと。

 リリカのことを17歳ではなく、もっと幼いと思ったのだろうか。
 その可能性は大いにある。

 口元を緩ませながらオスカーに視線を戻すと、目が合った。
 ずっとわたしを見ていたらしい。
「よそ見して笑ってるだなんて、ドリィはつれないな」
「リリカがかわいくて笑っていただけよ?」
 
 オスカーが眉尻を下げて苦笑する。
「だから捕まえおきたくなるんだ。俺だけを見ていてほしい」

 わたしのこと好きすぎない? どうなってんの?
 結婚詐欺を疑うレベルだと思うのは気のせいだろうか。

 
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