1時間後、私を忘れる私と自分以外を忘れるきみ。



「あはは、もうやんないよ。あ、そうそう。このあとカフェ行ける?」


「カフェ?どこの?」


私の家は、門限が決められていてあまり遠くの場所には行きにくい。それは、琴実も重々承知の上で誘っている。


「桜雨ってとこ。最近、支店出したらしいよ〜」


桜雨。

琴実の言葉を聞いて飛び跳ねるくらい私は嬉しくなった。


なぜなら、その桜雨というカフェは私のお気に入りの場所だから。

でも…。今日は、都合の悪いことに行けないなぁ。


「ごめん、無理だ。」


「え、どうして?」


やや、納得できない顔をする琴実。私だって、カフェ行きたい。


「ごめん、今日お母さんに買い物頼まれちゃって。それにお母さん今日帰って来るのはやいから急いで帰らないと行けないんだよね。」


「そっか。じゃあまた今度行こうか。」


琴実の顔は納得した顔つきだった。

それに、琴実の顔は優しい笑顔に包まれている。


この顔を見ると、私は思う。


【私は良い親友に出会ったな。】と。





琴実と別れ、家の最寄駅に止まるバスに乗った。


「まもなく、発車します。」



バス内に響く機械音。


そして、私は余っていたつり革に捕まった。


ふと、横を見るととんでもないくらいのイケメンがいた。


伏せられた睫毛や骨格から見るにどことなく顔立ちに見覚えがある。


あ!思い出した。女子が噂していたのを聞き耳たてていただけだけど…。


同じ高校で同級生で人気者の水島蓮くんだ。


それにしても、すっごいイケメン。同級生とは思えないほどだ。


そう、思った瞬間だった。



キキィー



   ドンッー





静かな街にその音がよく響いた。



何が起こったんだろう?事故?



ピーポーピーポー


救急車の音だ。


私は、その音を聞いて安心したからか意識を手放した。






ピッピッピッ


心電図の音。

脳が段々と目覚めていく感じがする。


目を開けると、沢山の光が視界に入ってきて思わず目を閉じそうになった。


「あ!美雪!目、覚めた!良かった〜。」


この声は、お母さんだ。


それにしても、美雪って誰何だろう。


「お母、さん。」


絞り出す誰かの声。
「ここ、は?」


「病院よ!」


お母さんの目に1筋の涙が溢れた。


ムクリと、起き上がって周囲を見渡した。

たしかに、病院だ。でも、気になることがある。


「お母さん。」


指で誰か分からない身体を指す。


「誰?」


「えっ?」 



お母さんの顔が驚きの色に染まった。


「誰って、あなたは美雪よ?」


「美雪?」


その言葉を聞いたからか、お母さんが息を呑んだ気配がした。


大慌てで先生を呼びに行ったのか病室から出ていった。



ガラッー!


再び病室のドアが開いたのは、数分後だった。


「どうしましたか?」




低く、落ち着いた男の人の声。

ふと、名前を見た。

桐谷浩介《きりやこうすけ》と表記されていた。


「娘が変なんです!自分の事を誰と言っていて!」



お母さんが必死そうに先生にすがっていた。


「ふむ。自分の名前、言える?」


自分の、名前?って何?


「分かりません」


そう、素直に言った。




「じゃあ、この人は分かる?」


「はい。お母さんです」 


これは、不思議と言葉が出てきた。


先生の顔が微かに曇ったように感じられた。


「脳の検査をしてみましょう。ご案内します。」


先生にそう言われて動こうとしたら、お母さんが車椅子を持ってきた。


これに乗りなさい、ということなのだろう。

車椅子に乗るのは何だが病人みたいで嫌気がさしたが渋々乗ることにした。


検査が終わった後は、ぐったり状態だった。


「1時間後、また来ます。」


そう言って、先生はどこかに行った。
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