御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
「あっ……」

 情事を彷彿とさせるくぐもった女性の声に、予感が確信に変わる。同時に、弘樹と長く連絡が取れなかった理由を悟った。

「弘樹、大好きよ」

 はっきりと聞こえた女性の声に、胸がズキズキと痛みだす。
 逃げ出したい気持ちを押し留めて、なんとか扉の前にたどり着いた。

 目も当てられない場面が繰り広げられていたら、どうしようかと迷いが生じる。
 そのときはカギだけ置いて帰れば、私が来たと伝わるだろう。とにかく真実を確かめる必要があると自身に言い聞かせながら、隙間から中をうかがった。

 最初に見えたのは、服を着たままの弘樹の背中だった。
 裸でないことに小さく安堵したのは束の間で、その向こうにウェーブがかった栗色の髪が見え隠れしているのに気づいて体を強張らせる。

 扉をさらに押し開けた。
 ベッドの脇に脱ぎ捨てられた女性もののブラウスに、あらためてすべてを察する。

 嫌われたくないと切望するのは私ばかりで、もうずいぶん前から弘樹の心は離れていたのだろう。
 彼の裏切りに傷ついているのはたしかなのに、心のどこかでこれは必然だったのだと納得している自分がいた。
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