御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 カギは預かっており、自由に来てかまわないと言われている。もうずっと連絡も取れていないことを考えたら、動きだすべきかもしれない。
 ただひと目でいいから、弘樹の顔を見て安心したかった。

 行き先を変更して、彼の住むマンションへ向かう。もう何度も歩いた道を、迷いなく進んでいく。

 結婚式から時間も経ったし、彼の怒りは治まっているだろうか。あらためて謝罪をして、仲直りがしたい。

 部屋の前まで来たが、残念ながら玄関わきにある窓は真っ暗だ。
 とはいえ、ここで帰ってしまうのはなんだかもったいない。それなら、いつも散らかしがちな部屋を片づけていこうとカギを取り出した。

 開錠して遠慮がちに中に入り、灯りをつけた。

「え?」

 弘樹のビジネスシューズの横に並ぶ、ベビーピンクのパンプスを見つけて声が漏れる。
 
 数秒動けずにいたが、ハッとして顔を上げた。
 たしかに、入ったすぐのキッチンは真っ暗だ。けれど、わずかに扉が開いた奥の部屋から、薄らと灯りが漏れている。
 何度も来ているのだから、間違えるはずがない。あの部屋は、彼の寝室だ。

 嫌な予感に、手が汗ばむ。ドクドクと打ちつけてくる鼓動に、吐き気が込み上げくるようだ。
 それでも、ここで引き返そうとは思えない。
 疑惑を見て見ぬふりなどできるわけがない。震える足を叱咤しながら、音を立てずに寝室に近づいていく。
< 19 / 114 >

この作品をシェア

pagetop