蜜愛契約結婚―隠れ御曹司は愛妻の秘めた想いを暴きたい―
「弘樹の気持ちはわかったわ。今まで、ありがとう。カギは玄関に置いておくから」

 早口で、よどみなく伝える。
 ふたりには絶対に情けない姿を見せたくない。どうせ感情は表に出ていないだろうし、今ばかりはそんな自分の性質に感謝したいくらいだ。

 でも、なにも感じていないわけじゃない。

「お、おい」

 呼び止めようとする弘樹の声を無視して、踵を返した。

「ちょっと、弘樹」

「離せよ」

 私を追いかけようとしているらしい弘樹の気配に、早く逃げなければと焦りが募る。
 寝室を飛び出して、ぱたりと扉を閉める。そのまま玄関に向けて足早に進みながら、通りがかりの棚の上にカギを放った。

 乱雑に靴を履いて外へ出ると、目にしたものを振り払うように一目散に駆けだした。
 タイミングよくやってきた電車に飛び乗り、閉まった扉に体を預ける。ガラスに映った自分の顔は、あんなことがあったというのに少しも温度をうかがわせない。

 それでも、たしかに私は傷ついている。
 自宅に帰りついてほっとしたが、なにもする気にならない。
 夕飯も食べないまま、早々にベッドへもぐりこんだ。
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