蜜愛契約結婚―隠れ御曹司は愛妻の秘めた想いを暴きたい―

突然の結婚

「成瀬さん、おはようございます」

 私が出社してしばらくした頃に、三浦さんからいつもと変わらない調子で声をかけられた。
 前夜の出来事を考えればあまりにも無神経な振る舞いだが、彼女はあえてそうしているのだともう知っている。

「おはようございます」

 挑発に乗るもりはない。複雑な感情をのみ込んでこちらもいつも通りに返すと、彼女は不機嫌そうにわずかに顔をゆがめた。
 けれどそれは一瞬で、すぐさま悲しげな表情に変わる。

「成瀬さん、昨日は本当にすみませんでした。弘樹から、あなたとはとっくに別れたって聞いていて……」

 まだ始業時間前とはいえ、こんな場でその話を持ち出すなんて信じられない。
 彼女の無神経さに、思わず視線が鋭くなった自覚はある。
 そんな私を見て片方の口角をわずかに上げた三浦さんは、弱々しさを装うように身を竦めてみせた。

「ご、ごめんなさい。私……」

 絶妙に声を詰まらせる三浦さんを、じっと見つめた。

 席の近い田中さんが、私に胡乱な視線を向けてくる。きっとまた、私が三浦さんをいじめているのではないかと疑っているのだろう。

「謝ってもらう必要はありませんから」

 普段よりも冷たい言い方になる。虚勢でも張っていなければ、逃げ出したくなってしまいそうだ。

「で、でも」

「その話は、もう結構です」

 それだけ言って、彼女と目も合わせないで席に着く。
 横に立っていた三浦さんは、それから迷ったそぶりを見せてようやく自席に向かった。そのちょっとした仕草ですら私を悪者に仕立てるのだと思うと、やるせなくなる。
< 24 / 114 >

この作品をシェア

pagetop