蜜愛契約結婚―隠れ御曹司は愛妻の秘めた想いを暴きたい―
 私の態度がよほど気に入らなかったのか、それから三浦さんはことあるごとに絡んできた。

『な、成瀬さん、これでよかったですか?』と、普段なら聞きもしないことで何度も確認しに来る。しかもおどおどとか弱さを演じてくるから質が悪い。

 不用意に言葉を返せば揚げ足を取られてしまうだろうと、必要最低限で対応する。
 もしかしてますます冷淡に見えていたかもしれないが、彼女にとって私の印象はもうこれ以上ないほど悪いのだから気にしても仕方がない。
 
 そんなふうに過ごしていれば、どうしたって気疲れする。
 嫌なことが重なってばかりの一日に、小さく嘆息した。

 終業時間を過ぎて、帰宅前に気持ちを切り替えようと非常階段に出る。

「はあ」

 逃げるしかできない自分が嫌で、階段に座りながら両手で顔を覆った。

 少し前に、課長に呼び出されてしまったことを思い返す。話の内容は、三浦さんに関するものだ。
 課長は、彼女の狡猾さに気づいている節もある。でも日和見な人で、決して自分で三浦さんを指導しようとはしない。

『成瀬さん、三浦さんを甘やかしすぎてないか?』

 彼女が私を頼りにしているのを都合よく利用して、まるで指導担当であるかのように私を責める。
 器用な人で、決して叱責とは言えない口ぶりだ。けれど、言われたこちらは落ち度を指摘された上に、しっかり釘を刺された気にさせられた。

 思うところはあるものの、悪く受け取られるだけだと反論は控えた。彼女の仕事を何度か肩代わりしてきたのは事実で、三浦さんを諭さなかった私にもたしかに非はある。

『君なら、厳しく指導してくれると期待していたんだが』 

 それを直接まかされた覚えはない。
 おまけに、この言い方では冷淡に見られるわたしの性格を利用したようにも聞こえる。

『三浦さんも来年には新人の指導に回ってもらいたいが、正直なところ不安だ』

 彼女に新入社員の指導は難しいだろう。その意見には同意するが、私に嘆かれても困る。

『とにかく、これからはフォローもしつつ彼女の態度の改善に努めてもらいたい』

『……わかりました』

 理不尽な押しつけだ。
 今後、彼女とどう接していけばいいのか、私にはすっかりわからなくなっていた。
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