好きなのは、嘘じゃない。

どうして、こんなにも。


やがて、授業が終わり
学校は放課後の世界へと色を変える。

教科書を片付けて、リュックへと手を伸ばそうとすると

スマホの通知がピコンと鳴った。


“ごめん、春!今日、部活あるから先に帰ってて“

マユからのメッセージと、可愛いクマのスタンプが送られた。

“わかった!部活頑張ってね、明日ね“

私も負けじと自分が持っている中で1番可愛い
うさぎのスタンプを送った。

“スタンプ、可愛い。咲夜くんみたいじゃん“

マユってば何を言ってるんだか。

…このスタンプを見て、

この可愛いうさぎが咲夜…?

私はじっとうさぎのスタンプを
これでもかと思うくらいに見つめる。


…色素が薄いだけだし。
たしかに、あいつは目がでかいけど
背だって無駄に高い。
どちらかと言うと、ライオンだ。





「なに、般若みてぇな顔してんだよ」

うん、
うさぎはこんな意地悪なことは
絶対言わないもんね。
念の為、見上げて咲夜の顔を見る。
なんだよ、と らしくないことを言う咲夜。

やっぱり、こいつにうさぎは似合わない。
そんな可愛く見えたことはない。

でも、悔しい。
肌なんか色白で
日焼けなんて無縁ですって感じだし、
まつ毛なんて邪魔なんじゃないの?
ってくらいあるし。


「うるさいな!また明日ね!」

私は、乱暴にリュックを取り
教室のドアに向かってそそくさと歩いた。

…あいつが告白される理由が、わかる気がする。






私がいつもフラれる理由も…






「春」






いつも、“お前“って呼ぶくせに
こんな時に限って名前で呼ぶなんて。


「…なに」

堪らずに振り向くと、
機嫌が悪そうな咲夜が
俺も一緒に帰る、と言って歩き出す。


廊下を出ると
どくんと心臓が揺れた。

…先輩。

どうして今いるの…?

げらげらと大きな声を出して笑っている。

先輩達は、まだ遠くにいるけれど
確実にすれ違う。

顔なんて、見たくないのに。
もう思い出したくないのに。



「さ、咲夜。早く行こう」

私は自然と歩くスピードをあげる。
咲夜は私にあわせないで
ゆっくりと歩いている。
しかも、いつもよりずっとムスッとした顔で。

どうして、そんなにゆっくり歩いてるのさ!
もういいや。咲夜とは後で合流しよう。


「咲夜。下駄箱で待ってるから…」

咲夜に向かってそう投げかけたとき、




「あれ、この間お前がフッた奴じゃね」



ぐさっと鋭利なもので心臓を刺されたような
感覚に陥った。


…やめて。


咲夜は相変わらず、無表情のまま
ゆっくりと歩いている。

先輩達は、私を見てまたげらげらと笑っている。



「だって、タイプじゃねーんだもん」


優しかった先輩から、放たれた言葉に
私は今にでも泣きそうな気分になる。

先輩は私に気づいたのか
わざと私に聞こえるように大きな声で言った。


好みは仕方ないじゃん、どうしようもないじゃん。

先輩のために、大好きなスイーツも我慢して
不慣れなメイクだって頑張った。
けど、好みは仕方ないじゃん。

そうだよ、私。

ここで泣いちゃだめだ。

鼻の奥がつんとし、ぎゅっと強くスカートを握る。

…なにか、言う?

あと少しで先輩達とすれ違う。

あと、5m。



「少し優しくしただけで、好きとか。まじでちょろいわ」


もう、私が好きになった優しい先輩は

姿を消していた。

…それでも、好きだった。


あと、2m。

なにも言える言葉すら見つからない。
その通りだったから。

ただ下を向くことしかできない。


先輩が私をじっと見ているのがわかる。

足音がだんだんと近づいてくる、
こんなに自分が惨めだったなんて。


「見る目ないっすね、先輩」


身構えていた声と違う、いつもより優しい声。

ふわっと香る甘い花の匂い


「お陰様で、助かりました」


…咲夜。
どうして、こんなにも



「…は?何言ってんのこいつ」

おかしいね、私
さっきまで先輩のことばかり考えていて
苦しかったのに、

目の前にいる先輩が
私の知らない先輩でも、もう何とも思わない。



隣にいる、咲夜から目が離せない。



「春に一生関わるな」


初めて見る、咲夜の表情
初めて聞く、咲夜の低い声


「春、帰るよ」

そう言って、私の腕を掴み早歩きで
その場を去った。

後ろを振り返ると

先輩達は、咲夜の気迫に驚愕して固まっている。


…5回目の恋が確実に終わった。


だけど、全然寂しくも辛くもない。



「ありがとう、咲夜」


私の腕を掴む咲夜の手は大きくて。

知ってるよ、咲夜が優しいこと。

照れくさいのか咲夜は私と目が合うと
すぐに視線を外した。



「お前ってほんと男見る目、絶望的にないのな」


本当バカだよ、
フラれてよかったじゃん、
お前ってほんとちょろいって
言葉じゃ足りないくらいちょろい、
救いようねぇよ、と

普段口数が少ないくせに
私の悪口は飽きるほど出てくるらしい。


「わかってるよ、もう!」

私は思わず、腕を掴む咲夜の手を離す。


「わかってない」

いつも私が言い返すと、なにも言い返してこないのに。…どうして?もう、わかってるよ。


「わかってる!」



「なら、どうしていつもあんな奴好きになるんだよ」



咲夜はいつも、私に好きな人ができる度に
あいつはやめておけ、とか非難してきた。
私はそれを意地悪だと思っていたけれど


「次はちゃんと見定めるし…」


本当は、どれも咲夜の優しさだったんだ。



「次?またかよ。どうせまたどうしようもない奴のこと好きになって、お前が泣くだけだろ」


咲夜は呆れた顔をして首を触る。

咲夜が首を触る時は
イライラしている時と
照れくさい時

今の状況からして、
イライラしてるに決まってる。


「…ごめんね」

「どうして、あんな奴らのことは好きになるんだよ」


咲夜はまた同じことを私に言う。
瞳がぐらっと切なそうに揺れている。
…どうして、そんな顔するの?

どうして、こんなにも…
< 3 / 9 >

この作品をシェア

pagetop