婚約者に殺されかけた氷の聖女は、敵国となった追放先で幸せを掴む

魔法の輝き

 アマリリスは、ヴィクターから贈られた花を花瓶に生けると、リビングルームの陽当たりの良い場所に飾った。優しい色合いの花を眺めて、彼女の顔が綻ぶ。
 彼女に近付いてきたロルフがにこやかに言った。

「綺麗な花だよね。師匠も、なかなか洒落たことをしますね」
「とても嬉しいです。この花をいただいたことも、弟子入りを認めてくださったことも」

 温かな陽射しを浴びながら瑞々しく咲いている花を前にして、アマリリスは目を細めた。

「私の名前アマリリスは、この花の名から取って付けられたのです」
「へえ、そうだったんですね。素敵な名前ですよね」
「ありがとうございます。母がアマリリスの花が好きで付けてくれたのだと、生前に言っていました。この花を見ると母の顔が浮かびますし、大切な思い出もあります。……ヴィクター様はお優しい方ですね、このようなお気遣いまでしてくださって」

 ぱちぱちと目を瞬いたロルフは、アマリリスを見つめた。

「もちろん、師匠が優しいことは否定しないけど。師匠は、誰にでもこんなに優しいっていう訳ではないんですよ」
「そうなのですか?」

 ロルフの言葉に、アマリリスは不思議そうに首を傾げた。

「見ての通り、師匠は人当たりは柔らかいんですけどね。たくさんの人に尊敬されて、慕われている一方で、どことなく、他の人とは一線を引いて距離を取っている部分があるような気がして。飄々としながらも、あまり、他人を自分に近付け過ぎないようなところがあるんです」
「それは意外ですね……」

 どことなく、掴みどころのない雰囲気がありつつも、明るく社交的に見えるヴィクターの印象と、ロルフから聞いたイメージは少し違っていた。

「ただ、一度その距離を超えてしまうと、すごく懐が深いんですよ。僕のことも、本当の家族みたいに扱ってくれますし」
「何だか、それはわかるような気がします」

 微笑んだアマリリスに、ロルフは続けた。

「それに、さっきはあんなにあっさりと、師匠はアマリリスさんの弟子入りを認めてくれましたけど。師匠への弟子入り志願者は多いのですが、今まで師匠が首を縦に振ってくれたのは、僕とアマリリスさんだけなんですよ」
「ええっ!?」

 目を丸くしたアマリリスに、ロルフは楽しげに笑った。

「ふふ、驚いたでしょう?」
「はい。まさか、ほかの志願者は受け入れてこなかったなんて……」

 戸惑ったように、アマリリスは呟いた。

「ヴィクター様に、私などを弟子にしていただいて、よかったのでしょうか。ロルフ君も、驚いたのではないですか?」
「ううん。僕は、師匠はアマリリスさんを受け入れてくれるだろうと、そう思ってたから。むしろ、嬉しそうでしたよ」
「本当ですか?」
「うんっ! それに、僕も一緒に学べる仲間ができてわくわくしてますし」

 ロルフが明るく目を輝かせた。

「ご期待に沿えるよう、頑張ります」
「そんなに気負わないで、楽しみにしててください。師匠は教え方も、とっても上手ですから」
「はい!」

 胸が期待に膨らむのを感じながら、アマリリスはロルフを見つめた。

「改めて、これからよろしくお願いします」
「もし僕にも何かできることがあったら、遠慮なく言ってくださいね」
「そう言ってもらえると心強いです、ロルフ君」

 にっこりと笑ったロルフがふと彼女の背後に視線をやると、アマリリスの側で佇んでいる精霊も、嬉しそうに輝きを増したように見えた。

***

 翌日の朝食後、稽古場の庭にロルフと出たアマリリスに向かって、ヴィクターが口を開いた。

「さて、今日は貴女の魔法の稽古から先にしましょうか」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 頭を下げたアマリリスに、彼は微笑んだ。

「今回は、回復魔法の練習をしてみましょう。そうですね……回復させる対象は、あの木です」

 ヴィクターが指差したのは、庭を囲むように立っている木のうちの一本だった。無残に太い枝が何本か折れて垂れ下がり、周囲の木々とは対照的に、枝についている白い花も元気なく萎れている。

「あっ。あれって、僕がこの前、風魔法を失敗してぶつけちゃった木だ……」

 ロルフが気まずそうに頭を掻く。ヴィクターは彼の頭をぽんとなでた。

「治せばいいのですから、気にしなくても大丈夫ですよ。では早速、回復魔法を試してみましょうか」

 三人はその木の前まで近付いた。アマリリスが木を見上げると、それはかなりの樹齢がありそうな、立派な太い幹をした木だった。

(木に回復魔法をかけるのは、初めてだわ……)

 少し緊張気味にアマリリスが回復魔法を唱えると、柔らかな光が木を包んだ。
 垂れ下がっていた細い枝の数本は、元の通りに元気を取り戻してぴんと張ったけれど、それほど回復したようには見えない。
 眉尻を下げた彼女の隣に、ヴィクターが並んだ。

「今、貴女は自分の力を掌に集中させるようにして、回復魔法を唱えましたよね」
「はい、その通りです」

 残念そうに自らの掌に目を落としていたアマリリスの両手に、ヴィクターが彼女の後ろから両腕を回すようにして、彼の両手を添えた。
 背後から彼の腕に包まれる格好になって、近付いた彼の顔を見上げたアマリリスの胸が、思わず跳ねる。

(何て綺麗なお顔をしていらっしゃるのかしら……)

 艶のある紺色の髪を頭の後ろで緩く結えたヴィクターの、整った顔が間近に迫って、アマリリスは知らず知らずのうちに頬を色付かせていた。色白な肌にすっと通った鼻筋、ほんの少し口角の上がった品の良い唇。何より、長い睫毛に彩られた青緑色の強い瞳が、とても美しかった。
 魔法に集中しなければと、慌てて自分に言い聞かせ、掌に視線を移したアマリリスの耳元で、彼の低くよく通る声が響いた。

「自分の中にある力を使うというよりは、力を借りるというイメージをしてみましょうか」
「力を借りる、ですか?」

 アマリリスは、ラッセルからもそんな魔法の使い方を教わったことはなかったし、ほかの誰にもそんなことを聞いたことはなかった。困惑気味に再びヴィクターを見上げたアマリリスに、彼は頷いた。

「そうです。貴女を側で見守っている力強い存在に、力を貸して欲しいと願うような、そんな気持ちで、もう一度回復魔法を試してみてもらえますか?」
「わかりました」

 ヴィクターの言う通りにできるのかはわからなかったけれど、アマリリスにとっては、まさに彼自身がそんな存在だったので、彼がすぐ側にいる今は、そのようなイメージがしやすかった。
 彼の腕に包まれながら、アマリリスは心の中で祈った。

(この木を癒す力を、私にお与えください)

 そのままアマリリスが回復魔法を唱えると、今度は輝きの強い光が彼女の手から溢れ出し、目の前の木の全体を包んだ。木を見つめたヴィクターの顔が綻ぶ。

「上手にできましたね、アマリリス。ほら、見てご覧なさい」
「……!」

 彼女の視線の先で、みるみるうちに折れていた太い枝が力強く幹から張り出し、萎れていた白い花も瑞々しさを取り戻して、美しく咲き誇っていた。
 アマリリスは驚いてヴィクターを見上げた。

「この魔法を、私が? ヴィクター様がかけてくださったのではないのですか?」
「いえ、確かにこれは貴女の魔法ですよ、アマリリス」

 信じられない思いで木を見上げていたアマリリスと、彼女を見守るように温かな光を放っている精霊を、ロルフも嬉しそうに見つめていた。
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