婚約者に殺されかけた氷の聖女は、敵国となった追放先で幸せを掴む

眩い光

 ロルフの後を追って、盾に隠れるようにしながらバルコニーに出たアマリリスの背筋が、すうっと冷える。

(嘘……)

 いつの間に来たのだろうと思うような大きな軍勢が、彼らのいる建物の目と鼻の先に迫っていた。その先鋒にいるのは、ネイトとカルラの二人だ。
 カルラの手には聖女の杖が握られている。隣にいるネイトも、攻撃魔法に非常に秀でていることを、アマリリスはよく知っていた。

 手に激しい火魔法を纏わせたネイトが、にっと笑って宙に浮くヴィクターを見つめる。

「今すぐにその建物を明け渡し、稀少鉱物リドナイトの利権ごとシュヴァール王国に渡すと約すなら、それで手を打ってやってもよいぞ」

 ヴィクターはネイトを冷ややかに睨み付けた。彼の手には、目の覚めるような魔法の氷が纏われている。それは水魔法の威力をさらに高めた、高度な技だった。

(ヴィクター様、風魔法と水魔法を同時に……?)

 師の姿に驚いていたアマリリスの前で、彼は口を開いた。

「ルキウス王太子殿下から既にお断りしていることは、よくご存知のはずでしょう」

 ネイトはわざとらしく顔を顰めた。

「貴国の王太子は失礼だな。交渉にも応じなかった上に、改めて我が国に招待したというのに、にべもなく断るなんて」

 彼はルキウスに手紙を送って、シュヴァール王国への再訪を促していた。けれど、そこに込められていた敵意をロルフが見抜いたために、ルキウスは丁重に断りを入れていたのだ。
 もしもルキウスが求められるままにシュヴァール王国を訪れていたなら、今度はその場で囚われて、その命と稀少鉱物の利権を天秤にかけるよう迫られていたはずだった。

「シュヴァール王国の新しい王となる俺に、もっと敬意を払ってもいいんじゃないか?」

 ネイトの言葉に、アマリリスの瞳が動揺に揺れる。

(では、ネイト様のお父上はもう、王位を退かれるのかしら)

 実際は、埒が明かないことに業を煮やしたネイトが、身体の弱い父王を謀り、幽閉同様の状態にした上で、父から全権限を奪っていたのだった。
 正式な王位継承の手続きは未了だったものの、独断で彼が決めた進軍も、もう誰もシュヴァール国内に反対できる者はいない。
 ネイトは、先日もシュヴァール王国にルキウスと共に訪れていたヴィクターを見据えた。

「君はライズ王国で最も優れた魔術師だそうだな。そんな君に問う。このままだと、貴国で多数の死者が出るぞ。リドナイトの利権と、その建物にある武器防具を大人しく手放す方が、まだ国の為になると、そう王や王太子を説得する方が得策だとは思わないのか?」

 ヴィクターは淡々と答えた。

「これは、我が国を魔物から守るために必要なもの。ここで貴国の言葉に従えば、さらに弱体化するライズ王国の未来に、見て見ぬふりをしろと言われているようなものです」
「まあいい。大人しく服従する気がないなら、実力で捩じ伏せるまでだ」

 ネイトが手に纏わせていた炎をヴィクターに向けて放った。彼の背後からも、複数の攻撃魔法が彼を目掛けて飛んで来る。

「師匠、さすがに一人じゃ危険です!」

 飛び出して防御魔法を唱えたロルフに、ヴィクターは穏やかに言った。

「私なら大丈夫、下がっていなさい」

 ネイトをはじめとするシュヴァール王国軍から飛んで来た攻撃魔法を、ヴィクターは手に纏わせた魔法で次々と弾いていた。涼しい顔のヴィクターではあったけれど、目の前で繰り広げられている激しい魔法のぶつかり合いに、アマリリスは凍り付いたように息を呑んでいた。
 震える声で、彼を援護しようと防御魔法を唱えかけていた時、ネイトがカルラを見つめた。

「君の力を見せてやってくれ、カルラ。さっきのようにな」
「ええ、ネイト様」

 シュヴァール王国軍がライズ王国への進軍を決めた場所は、アマリリスが捨て置かれた場所のすぐ側だった。ライズ王国の守備が最も手薄と思われる場所から軍を進めたものの、人間の気配に惹かれるように現れ出てきた魔物を、カルラの魔法で一息に倒していたのだ。
 彼女が聖女の杖を振ると、強力な魔物たちまで、たちまちのうちに炭と化していた。ネイトは、そんな彼女の力に、この進軍の勝利を確信していたのだった。

 薄く笑ったカルラが魔法を唱えて聖女の杖を振った時、青く澄んでいた空が突然暗くなり、鋭い稲光が天を割るように走った。

「ヴィクター様!」

 誰より聖女の杖の威力を知るアマリリスは、血の気のない顔で彼を見つめながら、思わず必死に心の中で祈っていた。

(どうか、ヴィクター様を守り、助けてください)

 彼女の周りを、輝くばかりの眩い光が舞う。その光に気付いたロルフは、アマリリスを振り返ると、はっと釘付けになったように彼女が纏う光を見つめていた。
 アマリリスの視線の先では、ヴィクターが水魔法から切り替えて光の防御魔法を唱えていた。彼の身体だけでなく、バルコニーに出ていたロルフとアマリリス、そして建物全体までをも包み込むように、明るい光の膜が浮かび上がる。
 天から雷鳴と共に降り注いできた稲妻は、光の膜に吸い込まれるように、すうっと消えていった。

「どうして。そんなはずは……」

 呆然とカルラがそう呟いた時、シュヴァール王国軍の後方から悲鳴が上がった。
 シュヴァール王国軍の異変に、ヴィクターが怪訝な顔で眉を顰める。
 ネイトも苛立ったように後ろを振り返った。

「何だ? こんな時に」

 彼の視線の先で、散り散りになる兵士たちと、彼らを飲み込むようにやって来た魔物の大群が目に入った。

「いつの間に、これほどの魔物たちが……」

 兵士の一人が、ネイトに向かって叫ぶ。

「ま、魔物たちが、次から次に襲って来ます……! さっき通りかかった、あの洞窟から溢れてきているようです」

 舌打ちをしたネイトの頭に、そこで魔物に食い殺されたはずのアマリリスの顔が浮かぶ。

(くそっ。アマリリスをあの場に捨てたせいで、魔物たちが人間の味を覚えたのだろうか)

 ネイトは後ろを振り返ると、兵士たちに向かって叫んだ。

「作戦変更だ、いったん退くぞ。……ライズ王国の奴らは、この魔物たちに食わせてやるとしよう」

 そうして再びヴィクターに視線をやった彼の視界の端に、見覚えのある姿が目に入った。ネイトの目がみるみるうちに驚きに見開かれる。

「嘘だろう……」

 そこにいたのは、半分盾に隠れてはいたけれど、忘れるはずもない、銀髪を靡かせた元婚約者アマリリスの姿だった。

(まさか。生きていたのか、アマリリスは)

 どうやって魔物の巣窟から彼女が生きて帰ったのか、ネイトには想像がつかず、ただただ気味が悪かった。
 しばし幽霊を見るような顔でアマリリスを見つめていたネイトは、カルラに視線を移した。

「戻るぞ、カルラ」
「……はい」

 この時になってようやく姉の姿に気付いたのは、カルラも同様だった。
 嫌な予感が沸き上がってくるのを感じながら、カルラはネイトの後を追って姉に背を向けた。
< 18 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop