婚約者に殺されかけた氷の聖女は、敵国となった追放先で幸せを掴む

和睦の申し入れ

 翌日の朝食後、アマリリスは食後のコーヒーを飲んでいたヴィクターに話しかけた。

「あの、ヴィクター様。一つ教えていただいても?」
「はい、何でしょうか」
「ライズ王国では、魔物の被害に悩まされ続けてきたと、シュヴァール王国にいた時からそう耳にしていました。ライズ王国に来てからも、魔物の出没状況は知らずにいましたが、ここでは、魔物の被害はどのくらい出ているのですか?」

 シュヴァール王国との戦への対策にかまけていて、アマリリスは、魔物によるライズ王国内の被害状況は、よく知らないままだった。

「繰り返し魔物が出てはいますし、被害もあるのですが、魔物の出やすい場所というのは大抵決まっているので、その付近には常に兵士が目を光らせています。このところは、シュヴァール王国の脅威の方が大きかったので、魔物対策は手薄になっていましたが……」

 ヴィクターは、じっとアマリリスを見つめた。

「そう言えば、貴女がこの国に来てくださってから、不思議と魔物の被害は減っているように思います。シュヴァール王国軍の背後から魔物が現れた時を除けば、ですが」
「そうなのですね、それを伺って安心しました」

 ほっと表情を緩めたアマリリスだったけれど、思案気に口を噤んでから尋ねた。

「今、私の手元には聖女の杖があります。この杖があれば、攻撃魔法も防御魔法も、かなり容易に使えるのです。……もしよかったら、そのような場所で魔物討伐のお手伝いができないかと、そう思ったのです」

 ヴィクターは驚いたように目を瞬いた。

「働き者ですね、アマリリスは。今日はゆっくり休んでいただこうと、そう思っていたのですが」

 ロルフもアマリリスを見つめて、心配そうに口を開く。

「あんまり無理し過ぎないでね? きっと、自分で思う以上に疲れているんじゃないかな」
「いえ、私は変わらず元気です。むしろ、この杖があるのに、この国のお役に立てずにいるのも、何だか申し訳ないような気がして」

 ヴィクターがふっと微笑んだ。

「貴女らしいですね。わかりました、では、魔物の頻出場所をいくつか見て回りましょうか。……ロルフ、君は休んでいてください」
「うん。ごめんね、アマリリスさん。僕、今日は休ませてもらうね」

 疲労の滲む顔で眉尻を下げたロルフに、アマリリスは続けた。

「いえ、謝らないでください、ロルフ君。……今朝焼いたチョコレートケーキを冷ましているところなので、よかったら、後で食べてくださいね」

 ロルフの目が輝く。

「わーい、僕の大好物だ! やっぱり、疲れた時には甘いものだよね」

 アマリリスは微笑むと、申し訳なさそうにヴィクターに視線を移した。

「お疲れのところ、ヴィクター様を付き合わせてしまうのも申し訳ないので。場所さえ教えていただけたら、私一人でも……」

 ヴィクターが彼女の言葉を遮る。

「私ならまったく問題ありませんよ。可愛い弟子を一人でそんな所に行かせる訳にはいきませんしね」
「アマリリスさん、師匠は規格外だからね。大丈夫だよ」

 ロルフがアマリリスにウインクを飛ばす。彼女は二人を見つめて頷いた。

「ありがとうございます、ヴィクター様。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「お礼を言わなければならないのは、こちらです。ライズ王国のために、これほど力を尽くしてくれているのですから」

 優しい瞳で笑ったヴィクターに、彼女も笑みを返した。

「ヴィクター様に助けていただいた恩返しもしたいですし」
「貴女がここにいてくれるだけで、十分過ぎるほどに返していただいていますよ」

(……私には、もったいないような言葉だわ)

 昨夜のヴィクターの言葉も思い出しながら、アマリリスはほんのりと頬を染めていた。

***

「さて。最近、魔物の目撃情報があった場所は、ここで最後ですね」

 ヴィクターの前では、黒焦げになったダイアウルフが息絶えていた。
 アマリリスが焦ったようにヴィクターを見つめる。

「ヴィクター様。結局、ほとんどヴィクター様が魔物を退治してくださいましたよね……」

 いくつか、魔物が最近出没したという地点を回ったけれど、アマリリスは多少の防御魔法を張るか、魔物の足止めをするくらいしかしていない。
 それに、彼らの気配に気付いて襲いかかってきた魔物自体、それほど多くはなかったこともあり、ヴィクターがあっという間に片付けていた。アマリリスは、回復魔法を彼に掛ける必要すらなかったのだ。

「はは。アマリリスが側にいてくれるお蔭か、調子がいいのです」

 楽しげに笑ったヴィクターが、アマリリスの手を取った。

「さあ、もう馬車に戻りましょうか」
「は、はい!」

 彼の手に触れられる度、アマリリスの胸は甘く跳ねたけれど、彼女は自分に言い聞かせていた。

(勘違いしてはいけないわ。ヴィクター様は、弟子にはまるで家族のように優しいのだもの)

 彼と二人の時間を過ごせるだけでも、アマリリスにとっては嬉しく感じる。魔物退治が目的なのに、ついそんな気持ちになってしまう自分を、馬車に戻ったアマリリスが戒めていた時、ヴィクターが彼女の顔を覗き込んだ。

「どうしたのですか? 少し顔が赤いようですよ」

 彼の大きな掌が、アマリリスの額に触れる。

「……熱はないようですね」
「はい、大丈夫です」

 さらに頬に熱が集まるのを感じながらアマリリスが答えると、どこか楽しそうにヴィクターが笑った。

「なら良いのですが。やはり疲れが出たのでしょうか? 少しでも楽な姿勢で、私に寄りかかっていてください」

 彼に抱き寄せられ、ぽすっとその肩に頭が乗るような格好になって、アマリリスは頬を染めたまま呟いた。

「優しいですね、ヴィクター様は」
「アマリリスには特別です」

 柔らかくヴィクターに頭を撫でられて、アマリリスの心臓はさらに速く打っていた。

(いくら弟子だからって、こんなに甘やかされていいものかしら)

 彼の肩に頭を預けたまま、アマリリスは甘く高鳴る胸を抱えていた。

「せっかくですから、景色の良い道でも通って帰りましょうか。アマリリスの体調がよくなっていたら、どこか寄り道してもいいかもしれませんしね。……おや?」

 馬車の窓から、一枚の手紙が風魔法で舞い込んできた。手紙を開封して目を走らせたヴィクターが、アマリリスを見つめる。

「シュヴァール王国から、ライズ王国に和睦の申し入れがあったようです」
「本当ですか!?」

 身体を起こしたアマリリスの顔が、ぱっと輝く。

「……ですが、和睦についての交渉の場に、アマリリスも来てもらいたいそうです。どうしますか?」

 はっと顔を硬直させながらも、アマリリスは頷いた。

「はい。必要なら同席いたします」

 もやもやと沸き上がってくる不安を感じていたアマリリスの肩を、ヴィクターはそっと抱き寄せた。
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