アタシより強けりゃネ[完]
「あんまり時間ないよ、俺。帰って大将と仕事がある」
「大将?」
「じいちゃんのこと」

おお…去年1年間同じクラスでも、何にも無関心っぽかったさゆみんが人の会話を補足してるよ。サイコー。

「紗友美がやるか?」
「えーぇ…しもっちゃんが頼まれたんだから、しもっちゃんでいいでしょ?」
「面倒くせぇ」
「しもっちゃん、煽ってたじゃん。クニチカ、思いっきりやっていいよぉ」

そう言ったさゆみんはバタンと助手席のドアを閉めて

「はじめーっ」

と楽しそうに言った。すぐに下田さんも俺に向かって指をクイクイとする。

「うっすっ」
「はぁ?邦親…やんの?」

俺が直季の方へバッグをポイッと置くと、直季はバッグを持って一歩下がった。

人を殴るなんて気分じゃない。そんな気分にはこれからもならないと思う。でも空手の組手を思い出せば拳も蹴りも繰り出せる…それもトレーニングのおかげで重いやつを。

俺は遠慮なく下田さんに拳を繰り出す。すぐに直季が

「ああ…これは喧嘩じゃありませんっ。稽古中の稽古ですっ。ただの稽古だからっ」

駐車場を通る人に声を向けているのが聞こえた。

「届いてないよ、三井サン」

わかってるって…大きく下がってもいないのに下田さんは俺の拳を次々とかわしている。掠りもしないってどういうことだ?

「長い足があるだろ?使っていいよ、三井サン」
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