アヤメさんと僕
その通りだ。
僕は、大伴家持の一句から名づけられたのだ。
彼女がサラリと口にする。

「かきつばた(きぬ)()り付け丈夫(ますらを)着襲(きそ)(かり)する月は来にけり」
(杜若の花を着物に摺り付けながら、宮廷に出入りする立派な男たちが、装いを凝らして鹿角や薬草などの薬狩りをする季節がやってきましたよ)

「ええ歌からつけてもらいましたなー。素晴らしい!」
厳しい彼女が手放しでほめたので、自分の手柄でもないのに、こそばゆくなった。
このばあさんは、なかなか教養があるらしい。

それから彼女は定期的に、僕を指名して通ってくるようになった。
おかげで、まだカットもさせてもらえないのに、指名売り上げで1位になってしまった。
誇らしいというより屈辱的だ。
実力で戦っている先輩たちは、きっと陰で笑っていることだろう。
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