アヤメさんと僕

パワーダウンしたアヤメさん

彼女の噴火は確実に減った。
だが、その分元気も減ったように感じるのは気のせいだろうか。
あの怒りのエネルギーは凄まじかった。
もしあれが彼女の活力になっていたなら、少しくらい怒らせてあげた方がいいんじゃなかろうか。

元気を出してほしくて、僕は時々トリガーを弾く。

「どこかかゆいとこありますか」
「つむじのあたり」
「ここっすか」
「いやもう少し右や」
「ここ?」
「行き過ぎ。もう少し左」
そんなに簡単には思い通りになってやらない。少し爆発してストレス発散したらいい。
「こう?」
「違うやろ! あんた、美容師のくせに、つむじの位置もわからへんのかっ!」
そうそう、その調子。

鏡の前で、読み終えた雑誌を引き上げるときも――。
「こちら、もうよろしいっすか」
「『すかすか』言ってんじゃありません。ちゃんと『で』を言いなさい」
新しい雑誌を置いて言う。
「こちら『で』よろしいっすか」
「『で』の位置が違いますやろ! って、育児雑誌をどうしろっちゅうねん、アホウ!」
そうそう、それでこそアヤメさん。

カードを更新するときは、名前を間違えてやった。
「ヘッタクソな字やな―。あっ、あんた、『奇女』とはなんやねん! ()妙な女ではないっ。私は()麗な女です!!」
声高に言い切ってふと周りの客に気づいたアヤメさんは、自分の言葉に頬を赤くした。
それを見て、かわいいと思った僕は意地悪すぎただろうか。
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