このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
プロローグ
 イリヤは天蓋付きの寝台の上で、目の前の黒髪の男を見上げた。オイルランプの灯りは弱められているが、はっきりと彼の表情は確認できる。今は眼鏡をかけておらず、先ほどまでの知的な雰囲気とは異なる。
「閣下……いったい、何を?」
 寝ようと思って寝台に潜り込んだところである。イリヤが三人寝ても、まだ余裕ある広い寝台。きっといい夢がみられるだろうと思って瞼を閉じようとしたとき、いきなりこの男が掛布を剥ぎ取ったのだ。
「何をって。これから夫婦の営みをするのだろう?」
 なるほど。だから、黒髪の男――クライブはこれからイリヤを組み敷こうとする体勢をとっているのだろう。
 彼は、イリヤの身体をまたぐように寝台の上で膝をついていた。さらに両手は、彼女の顔の両脇にある。眼鏡もかけずに。
「なぜ……?」
 イリヤはラベンダー色の瞳を大きく見開く。
「なぜ? お前も変なことを聞く女だな。オレたちは夫婦になった。それは理解しているよな?」
「え、えぇ。そうですね。私たちは夫婦となり聖女様……マリアンヌの親となりました。親としてマリアンヌを慈しみ、立派な淑女として育て上げる。それが陛下から伺っている内容です」
「その通りだ」
 クライブの顔が近づき、右耳の下あたりに彼の吐息が触れた。
「ひゃっ」
「安心しろ。オレは、お前で勃つ」
 彼の髪がさわさわと頬をなでた。見た目よりもやわらかくて、少しだけくすぐったいのだが。
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