王太子殿下の花嫁探しに選抜されまして!?
 持っていく荷物はそう多くもなかった。
 それに必要なものは支給されるのだと騎士も伝えてきた。太っ腹すぎて三度ほど尋ね返した。律儀に三回も返事に付き合ってくれた騎士によると、召集される聖女たちには支度金が支給されるのだという。

 王都では中央大聖堂に身を寄せ、そこで花嫁選びに参加することになるのだが、必要なものは揃えられているのだそうだ。

 鞄一つ持ったアンナを前に院長は「このような稀有な経験も神のお導きでしょう。様々なことを吸収し持ち帰り、妹聖女たちへの教育へ役立てなさい」と神妙な顔付きで告げてきた。

 真顔で頷くと「わたしもあなたが描いた王子様の絵姿を楽しみにしていますよ」とも言った。田舎では王族の絵姿が出回ることはほぼない。よかった。院長もちゃんとミーハー心を持ち合わせていた。そのことにホッとしたアンナであった。

(わたしみたいな田舎者がお妃様に選ばれることなんて絶対にあり得ないし、これってタダで王都観光できるまたとない機会なんじゃないかな? 支度金は大事に取っておいて皆へのお土産代にしよう)

 ガタゴトと回る車輪の音を聞きながらアンナは出発前に腰のあたりにまとわりついて、寂しいと泣き出す年下の聖女たちを思い起こす。

 聖女たちは力が発現すれば親元から離され、集団生活を送ることになる。
 主な役割は瘴気の浄化と豊穣への祈りである。
 この世界を創造した神は魔との戦いを繰り広げた。今も異界で戦いは続いているのだという。

 魔は戦いのさなかであってもこちら側への干渉を試みる。それが瘴気だ。

 神は人々に瘴気を浄化する力を与えることにした。人間の女性のみに発現する浄化の力は、二十を過ぎる前にその力を失う。一生を神の助けに費やすことがないようにという配慮か、もしくは聖なる力を宿し続けるには人の器が脆弱なのか。どちらかだろうと言われている。

 一定の割合で浄化の力を有して生まれてくる娘たちを、人々は聖女と呼び聖堂に集められ集団で瘴気の浄化に務める。

(たまたま条件にあう適齢期の娘が、よりにもよって一番力のないわたしで本当にごめんなさいだわ……)

 与えられた浄化能力には個人差が生じる。神も公平に力を分配するほどの余裕はないのだろう。
 アンナが有する浄化能力は本当に微々たるものだ。こんな戦力外な自分のため聖堂では率先して下の子たちの面倒を見ていた。まだ小さな同輩聖女たちにとってアンナは母とも姉ともいえる存在だった。

 この日は太陽が地平線の向こう側へ姿を隠して一時間ほどが経過した頃目当ての街へ入った。夕食はお腹いっぱい食べることができたし宿であてがわれたのは一人部屋だしで、さっそくの好待遇にアンナはびっくりした。

 その二日後、この地方で一番大きな聖堂へ到着し、他の候補者たちと集まり王都を目指すことになった。
 同じ立場の娘たちが複数集まればあっという間に姦しくなる。

 みんな程度の差はあれアンナと同じく田舎の聖堂で生活を送っていたのだ。王子様との結婚など本気で夢見ている者など一人もいない。

「きっと、大勢の候補者の中から選ばれたわたしってば、すごい存在なのよ! っていう本命さんの箔付のために呼ばれたのよ」
 と誰かが言っていて、なるほどと思ったアンナであった。

「そうよね。王都の聖女ってお貴族様の娘なんでしょう。そっちが本命に決まっているもの」
「わたしたちみたいな田舎娘、王子様が見初めるわけがないじゃない」
「お妃様になるってことは、上流階級の人たちみたいな作法を一から覚えないといけないのよ」

 みんな大変現実的である。
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