元令嬢は俺様御曹司に牙を剥く 〜最悪な運命の相手に執着されていたようです〜
 目が覚めると、コーヒーの香りがした。飛鳥が昨夜と同じ格好のまま、ベッドサイドのソファにその長い脚を組んで座り、カップを手にタブレット端末を見ていた。

 格好いいなぁ。

 意識してしまった恋心のせいで、いつにもまして飛鳥が輝いて見える。じっと見つめていると、飛鳥がこちらを振り向いた。

「起きたか」
「うん」

 いつも通りの会話に、私の胸はチクリと痛む。もしかして、覚えてないのかな?

「あのさ、昨日の夜って――」
「ん?」
「ううん、何でもない」

 飛鳥は全く動揺もせず、いつものように勝気な笑みも浮かべない。やっぱり、飛鳥は覚えていないらしい。きっと、冬梧くんに勧められたワインを一気飲みして酔ってしまったのだろう。

 覚えているのは私だけ。けれど、思い出すだけで羞恥が胸に広がってしまう。あんなことがあったなど、しかも期待してしまったなど、口が裂けても言えない。

「シャワー浴びるだろ? これ、着替え」

 飛鳥はそう言うと、向かいのソファに置かれていた女性ものの服を指差した。

「ありがとう」

 私はいそいそとベッドから抜け出すと、服を手にシャワーへと向かった。

 身支度を整え戻ると、部屋には豪華な朝食が用意されていた。飛鳥は既に座っている。

「似合ってんじゃん」

 飛鳥はいつものように私を褒める。

「飛鳥が選んでくれた服だもん」

 言うと、飛鳥は「まあな」とだけ言って、いつものように口角をニヤリと上げた。

 いつも通りだ。やっぱり、昨夜のことは覚えていないんだろうなぁ。あんなに、情熱的なキスをしたのに。

 思い出すと、身体が火照ってしまう。ごまかすように、慌てて席についた。
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