雨降る夜に君を想う

私たちの出会い



「怜!」

背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
同期の絵梨奈(えりな)の姿が見えた。

「絵梨奈おはよう〜。今日も朝から元気だねー!」

「ねぇそんなことより怜、今日のコンペのプレゼン、準備できた?上層部から直々に、この契約絶対勝ち取ってくるように言われたんだって?」

「そうなのー、、私人前は苦手なのに…緊張して今から手が震えてる、ほら見て」

「あはははは!怜って本当心配性だよね、あなたの実力だったら絶対契約勝ち取れるよ、それに怜のその可愛さに、クライアントもプレゼン聞く前に契約決めちゃうって!!」

そう言って絵梨奈は私を茶化してくる。

「絵梨奈に言われたくないよ!あぁ〜私もあと5センチ身長高かったらなぁ〜」

絵梨奈は身長が168センチある。モデルにも匹敵するスタイルを持ち、その上本当に美人。比べて私は155センチ。ヒールを履いても絵梨奈には敵わない。

「怜はおめめくりくりで華奢で本当に可愛いよ〜。男は怜みたいな女が好きなの!だから私は怜が羨ましいわ。その上あんたもう結婚してるんだもんな〜いいよな〜もう人生悩みなしじゃん!そんな可愛くて、医者の旦那に愛されて、あんな素敵なタワマンに住めて、、」

「絵梨奈だってその気になればいつでも結婚できるじゃんかー!」

「良いと思う男全然現れないんだけどー!私理想高すぎるんだよな。一生結婚できないどころか、彼氏もできない気がしてきた!!!」

「そんな完璧な人なんてこの世にいないよ〜」

そんな話を笑いながらしながら、私たちは自分たちの部署に向かう。

絵里奈とは、この会社に入社した初日に友達になった。支店や部署がいくつもあるこの大きな会社で、同期として同じ支店の同じ部署に入ったのは、運命だと思う。あれから5年。私たちももう27歳。今ではお互いなんでも話せる、一番の親友だ。

「おい二宮!今日のプレゼン頑張ってこいよ!!この契約、絶対勝ち取ってくれよ!」

上司が私に圧をかけるように言った。

「全力を尽くします!」

不安がバレないように、笑顔で答える。
そう。今日はただのプレゼンではない。
大手自動車メーカーのトヨテが、テレビCMを作るにあたって、どの広告代理店に任せるかコンペをするのだ。今日は大小含め全国の代理店が、その権利を求めて集まる。そんな大事な仕事、私に任せないでよ〜と不安な気持ちと、抜擢してもらえたと言う嬉しさが入り混じって、複雑な気持ちだ。

ただ私はこのプレゼン、自信がある。何週間も考え続け、納得のいく作品に仕上がったと思う。どうか、トヨテの皆さんの心に届きますように。そう何度も願いながら、会場へ向かった。

今年新卒でうちに入ってきた和田くんと2人で会場に入っていく。

「ドキドキしますねぇ」

和田くんが言う。

「和田くん何にもしないじゃん!」

私が笑ってそう言うと、バレた、と言う顔で私の方を見てくる。本当にお茶目な後輩だ。和田くんのおかげで、少し緊張がほぐれた。

この時の私は、まだ彼の存在を知らなかった。家庭も仕事もうまく行き、平凡で幸せな日々を送っていた。この日までは…

「それでは、次はデンヅウの方よろしくお願いいたします。」

私たちの社名が呼ばれ、和田くんと部屋に入る。
部屋の中には、重役と思われる5.60代のおじさんたちがずらりと並んでいる。就活の面接みたいな雰囲気に、思わず当時の気持ちが蘇って、一層緊張が高まる。

「デンヅウの二宮さんだよね。本日はお越し頂きありがとうございます。おじさんたちがこんなに並んでいてびっくりしたかもしれないけど、緊張しないでやってねー」

真ん中のおじちゃんが言う。いやぁこの雰囲気で緊張しないのは無理だろう。と思いながら、

「本日はこのような機会を頂きありがとうございます!視聴者の皆様の心に響くようなCMが作れるよう、精一杯考えて参りました!本日は弊社を代表してプレゼンさせて頂きます。よろしくお願いいたします!」

と、自信たっぷりの笑顔で答える。
どうか手が震えていることには気づかれませんように。そう願いながら顔をあげると、1番右に座っていた若い男の人と目が合った。
あれ、名刺交換をしていない若い男性がいる。私と同い年くらいに見えるけど、この重役たちと一緒に座ってるって、どう言う人なんだろう。そう不思議に思いながら、プレゼンの準備を始める。
和田くんが資料を配り終わり、皆さんが資料に目を通し終えるのを待つ。

「それではいつでも初めて頂いて大丈夫です。よろしくお願いします。」

そう言われ、私はプレゼンを始める。

「"あなたはどんな人生を歩みたいですか?"そう視聴者への問いかけから始まる、まるで15秒の映画を観ているような、そんなCMを提案致します。車は、長ければ20年乗ることが出来、、、」

そう、説明を続ける。
誰も顔をあげず、資料に目を落としていた。表情が読めない、、もしかして私意味わからないこと言ってる、、?段々不安になってきて、プロジェクターのポインターを持つ手が汗ばんでくる。
すると、ふと先ほどの若い男性が顔をあげて私ににっこりしてきた。そこからは、その人が微笑みながら頷いて話を聞いてくれたので、なんとか落ちつきを取り戻して、プレゼンを終えることが出来た。

私は精一杯やり切った。これでダメならしょうがない!人一倍心配症だけど、切り替えも早い私は、そんな気持ちで部屋を後にした。
するとさっきの若い男の人が声をかけてきた。

「また結果は改めて御社にご連絡します。僕はとっても心に響くプレゼンだったと思います。本日はありがとうございました!」

そう言って笑顔で去っていった。

「あの人イケメンだな〜まだ若そうなのに、何者なんですかね」

私は"心に響く"って言ってもらえたことが嬉しくて、和田くんのそんな声も頭に入ってこなかった。大変だったけど頑張った甲斐があった!とその一言に私は今までの努力を認められた気がして、幸せな気持ちになれた。契約は勝ち取れても勝ち取れなくても、もうどっちでもいいや〜!やり切った!そんな気持ちで日々を過ごしていた1週間後、私に1本の電話がかかってきた。

「デンゾウの二宮さんですか?トヨテの成瀬です。先日はありがとうございました。テレビCMの件なのですが、、」

そう言われ、胸がドキドキした。

「御社にお願いすることに決定しました!」

そう言われ、思わず持っていた受話器を落としそうになった。

「本当ですか?!!ありがとうございます!とっても嬉しいです」

「当然の結果ですよ!つきましては、詳細をメールにお送りさせていただきますね。これからよろしくお願いいたします。」

「こちらこそよろしくお願い致します!最高のCMを作れるよう精一杯頑張ります!」

きっとこの心地良い声は、あの時私に心に響いたと言ってくれたあの若い男性だろうな。ご挨拶が出来てないから名前がわからないけど多分そうだろう。そう思って電話を切った。

部署のみんなは、私が電話を切ったのを確認して、立ち上がって拍手喝采してくれた。

この仕事をしてきて、1番達成感と喜びを感じた瞬間だった。まだここから!頑張るぞ!!そう意気込んで、その日からは一層仕事に精を出した。

数日後、私達はトヨテとの打ち合わせに向かっていた。私含め、今回のチームは6人。その中には和田くんと絵梨奈もいる。私がメンバーを選んでいいとのことだったので、仕事のできる絵梨奈に声をかけた。絵梨奈も大きな仕事を抱えているが、私と仕事がしたいと言って快く引き受けてくれた。その代わり私の仕事も手伝ってよね!と言っていたけど、本当にありがたい。

トヨテの会社に着くと、会議室に案内された。中でトヨテの方々が待っていた。今案件の、代表担当者である成瀬さんの姿はみえなかったが、みんなで名刺交換をし自己紹介をした。成瀬さんは幹部候補の若手エリート。今日も外せない打ち合わせがあるので、後から来るらしい。

その後打ち合わせがひと段落した所で一度休憩時間が設けられた。私がトイレを済ませて出てくると、成瀬さんがちょうど男性トイレから出てきて私の方に近づいてきた。やっぱり電話してくれた成瀬さんは、この前のコンペで一番端に座っていた若い男の人だった。

コンペの時は緊張していてそれどころじゃなかったけど、身長が高くてモデルみたいにかっこよくて、思わずドキドキしてしまう。少し垂れた奥二重の目にスッと筋の通った鼻、それに分厚いけど分厚すぎない唇、、、私は人生で初めてタイプの男性に出会ってしまった、、そう思った。でもふと我に返った。

いけない。

この人はただの取引先の人で、この関係が変わることはないし、私には大好きな夫がいる。

気を取り直して挨拶をする。

「先日はどうもありがとうございました。ご挨拶遅れました。デンゾウクリエーティブ部の二宮と申します。これからよろしくお願いします。」

「トヨテ広報部の成瀬と申します。こちらこそ先日はありがとうございました。これからよろしくお願いします。」

そう言って名刺を交換した。一瞬触れ合った手が温かくてなぜかどきっとした。

「寒いですか?会議室内の温度はいかがでしたか?」

きっと私の手が冷たかったからだろう。
よく気付く優しい人だな。

「適温でした、ご配慮ありがとうございます。ちょうど今打ち合わせがひと段落した所です。」

そういうと申し訳なさそうに、

「そうでしたかー思ったよりも遅れてしまいました。申し訳ないです。」

そう言って頭を下げた。すると、

「お互いにこの件の代表担当者ということで、連絡も頻繁に取ることになると思うのでライン交換しませんか?」

と言われ、メールではなくライン?と少し戸惑いながらもラインを交換した。今の時代、何度も会って仲良くなったクライアントとはラインで連絡を取り合うことはあるが、初対面でラインを交換するのは初めてのことだった。

打ち合わせが終わってうちの会社のチーム6人で近くのパスタ屋さんに入った。私たちはランチを食べながら打ち合わせの内容をまとめていた。すると成瀬さんから

"先ほどはありがとうございました。また次回の打ち合わせもよろしくお願いします。"

と数分前にラインが届いていだことに気づく。

"こちらこそありがとうございました。次回は2週間後の11月9日、木曜日ですね。よろしくお願い致します。"

そう返信すると、1秒の間もなく既読がついて、少し笑ってしまった。

「怜にやけてるよ〜祐介(ゆうすけ)さん?」

絵梨奈が声をかけてきた。

「にやけてないよやめてよ〜」

そう返事をすると私にだけ聞こえる声で

「それにしても、成瀬さん、かっこよかったな〜紳士って感じだし。」

絵梨奈にそう言われドキッとした。
私のラインの相手が成瀬さんとは気付いてないようなので、本当にそう思ったんだろう。

「まじで私のタイプ。あー彼女いるかなーでも指輪はしてなかったよね。」

そう絵梨奈が聞いてきた。確かに指輪はしてなかったから独身なんだろうな。

「怜もさすがにかっこいいと思ったでしょ?」

「そうだねーかっこよかったね。優しそうだし。」

「えぇ!怜がかっこいいって言ってるの初めてみたんだけど!!」

「私も絵梨奈ががかっこいいって言ってるのこの5年間で初めてみた!」

そう言って笑い合った。お互い何でも話し合う私たちだけど、成瀬さんとラインを交換したことは、なぜか絵里奈には言えなかった。

夕方職場を出る頃、成瀬さんからまたラインが届いた。

"これからしばらくお世話になると思うので、第二回の打ち合わせの前に、親睦会も兼ねてご飯に行きませんか?ご馳走させてください。おすすめのイタリアンがあるんです。"

これは、2人でってこと?でも親睦会って書いてあるから、みんなでってこと?でもイタリアンに10人以上では行かないかな?とか色々考えてたら、定時を過ぎてしまっていた。
あ!いけない。私は急いで帰る支度をする。

私の本業は主婦であるということを忘れてはいけない。
祐介とは、4年前に私の1つ年上の兄の紹介で知り合った。兄の大学時代の同級生で親友である。付き合って2年目の私の誕生日にプロポーズしてくれた。今は結婚して3年になるけど、私たちは相変わらず仲がいい。付き合った頃は大学病院で働いていた祐介だけど、私との結婚をおきに開業し、小児科病院の医院長として働いている。毎日21時には家に帰ってくるので私は定時に必ず会社を出る。広告代理店といえば、残業が多いイメージだと思うけど、私の会社はありがたいことにリモートワークが認められているため、定時に家に帰れる。いつも家に帰って家事がひと段落したら、私はそこから残った仕事を片付ける。

今日も急いで会社を出て晩御飯の買い出しにいく。家に着いたら休む暇なく夜ご飯を作って裕介の帰りを待つ。そんな毎日を送っている。はぁ今日も疲れた〜でも今日も楽しかった〜。私はこの仕事が大好きだ。裕介の収入だったら私は働かなくてもいいんだけど、何もせず家でずっとダラダラしていたら、なんか人生の目標を見失ってしまいそうで、私は結婚してもこの仕事を辞めなかった。祐介は、怜の好きなようにしたらいいよ、と言ってくれている。本当に優しい夫だ。

家事をしていたらあっという間に21時を回っていた。

「ただいま〜」

玄関から祐介の声がした。

「おかえり〜!今日もお疲れ様!」

そう言ってエプロン姿のまま玄関に出る。

「怜〜!」

そう言って私を抱きしめてきた。
私の方が1つ年下なはずなのに、3人兄弟の末っ子の裕介は、本当に甘えん坊でいつもこんな調子。今日も、祐介は私のことが大好きだなぁ、幸せだなぁ、そう思いながら、私も抱きしめ返して、母親にも近い気分で祐介の頭を撫でる。

「疲れた〜でも今日も本当に怜が好きだった!だから頑張れた!」

そう言って私のことをもっと強く抱きしめる。

「私も大好きだよー!でも早くご飯にしよー」

そう言って笑って祐介の手を振り解いた。

「そっかまだ怜は仕事残ってるんだもんね、ごめんよ〜。ところで今日のご飯は何ー?」

私が好きで続けている仕事なのに、そうやって私の仕事を尊重してくれている。本当にありがたい。

「今日は煮込みハンバーグだよ」

「やったー!!明日も頑張れるー!!」

そう言ってリビングに走っていく。
本当に少年のような人だ。でも祐介の事は本当に尊敬している。お医者さんってプライドが高くて威張ってるイメージだけど、祐介は謙虚で全然威張らない。それどころかいつも私に、こんな俺と結婚してくれてありがとう。って言ってくれる。それを言うのは私のセリフだ。
祐介のことを考えていたら、なぜかふと成瀬さんのことを思い出した。あ!返信返さなきゃ!

夜ご飯を食べて洗い物を終え、祐介とリビングで1時間休憩をする。その後私はその日に会社でやりきれなかった仕事を片付ける。それが私たちの毎日のルーティーン。その1時間でゲームをしたり、映画を見たり、マッサージのし合いっこをしたりするんだけど、、、
その前に、成瀬さんに返信しなきゃ!
もう22時半になろうとしていた。なんて返せばいいか分からず、

"ご返信遅くなってしまい申し訳ありません。親睦会、良いですね!12人で行きますか?"

そう返信した。
なんかこれじゃあ2人で行きますか?って聞いてるみたいかなぁ、当たり前に12人だろって思われたらどうしよう、とか色々心配していたら、

「誰にラインしてるの?」

そう聞かれ、一瞬ドキッとした。クライアントだよ!そう答えると、そっか!と特に気にする様子もなく、祐介はテレビをつけた。
その後2人で録画してあったドラマを観たけど、私はケータイが鳴るたび、成瀬さんかなって気になって、あまりドラマの内容が頭に入ってこなかった。
私は一体成瀬さんのどんな答えを期待してるんだろう。

返信が来たのは次の日の朝だった。

"12人でも行きましょう!でも12人だと予定合わせるの難しいだろうから、2週間後までに行くのは厳しいかもしれない…なのでみんなで行く前に2人で行きませんか?"

期待していた答えが返ってきて、思わず胸が高鳴る。でも私は既婚者で、彼とは今の関係性が変わる事はない。そう思って、彼のためにも、自分のためにも、祐介のためにも、しっかりと一線を守った。

"私実は結婚していて…もしよろしければ、先日私と一緒にそちらに伺った仲の良い同期を1人連れて行ってもいいでしょうか?"

どっちみち絵梨奈抜きで成瀬さんとご飯に行くのは、絵梨奈に気が引けるので絵梨奈を誘おう。そう思っていたらすぐに返信が返ってきた。

"そうですよね。じゃあ僕もこの前の打ち合わせにいた片桐を連れて行きます!"

こうして、私たち4人のグループが出来上がった。

この頃の私たちは、これから4人の関係がどう変わっていくのか、全くわかっていなかった。
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