王子様はマーメイドを恋の海に溺れさせて


 退勤のボタンを押すと、私はむくれている後輩に声を掛けた。

「花梨ちゃん、仕方がないじゃない。私達の仕事は安全第一よ」

「分かってますよぉ〜でも、せっかくの男性団体客だったんです。こんな離島じゃ出逢いなんかないですし、期待してたのに!」

 デスクに突っ伏し、仕事とプライベートの境界を壊すのは朝比奈花恋(あさひな
かれん)で三つ下の幼馴染でもある。

 私と彼女はインストラクターとして、ここ“マーメイドダイバーズ”に所属しており、先ほど悪天候による予約キャンセルを言い渡された所だ。

「奈美先輩はこれからどうするんです?」

「お見舞いに行こうと思って」

 天候に左右される職種なので、こうして空き時間が出来れば母の元へ行く。今回は残念だが、スキューバダイビングがハイシーズンを迎えれば忙しくなる。見舞いにもなかなか行けなくなるだろう。

「そうですか」

 母が長らく入院している経緯を知る花梨ちゃんは頷く。

「じゃあ、兄貴の顔見たら、早くおばさんを治してって伝えて下さい」

「修司は相変わらず忙しくて家に帰れていないの?」

「島唯一の病院で働いてるんです。島民の為に粉骨砕身、尽くしてもらわねば!」

 花梨ちゃんは悪戯な笑みを浮かべ、ピースサインする。どうやら私の味方をしてくれているらしい。
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